第二話「買い取られ・・・」


何分経ったのだろうか・・・・・。薄暗い部屋に不安だけを残して一人取り残された恐怖。椅子に縛られ身動き一つ許されない。
『ピンポーン』
機械音が鳴り響いた。
「伊東ユキさま、面会です。」
扉が開き前と同じく黒スーツを着込んだサングラスの男がやってきて、手錠を残し私の拘束を解いた。私は刑務所の面会室のような部屋につれていかれた。そこには、一度見たことのある男がいた。
旅行会社の男だ。私はなぜこの男がここにいるのかわからなかった。もしや、とも思ったが、理解したくなかったのだ。
「いやぁ〜、伊東さん。こんなことになってしまい、非常に申し訳なく思っております。」
言葉とは裏腹に顔には営業スマイルがでている。
「私も組織の人間なので、上からの要望があれば応えなければならないんですよ。要するにあなたは旅行の始めからこうなる運命だったってことです。おっと、私の面会時間はこのくらいで。もうすぐ買い主の方がお見えになりますよ」
そういうと男は席をたちツカツカと扉へと歩いていく。すぐにユキは目の前のガラスを叩き男にむかって叫んだ。
「ふざけないでよっ!なんでっ、なんで私が。。。。。」
男は扉を開け、静かに告げた。
「条件に適合した、ただそれだけですよ。」
そして、黒服の男に元の部屋に戻されて、また沈黙と暗闇の世界が訪れた。
現実なのか、悪夢なのか・・・。現実だということはわかってはいる。でも、ドッキリとか、何かの手違いとか、楽観主義的な考えだとは思うが、そうであると信じたかった。
まとまらない考えが浮かんでは消えていく。
そして、絶望のアナウンスが響いた。
『伊東ユキ様、九千万円で落札なされました。』
扉が開くと同時に部屋に明かりがついた。
年齢は四十歳後半だろうか。ただ、鼻頭は脂でてかり、口は横に大きく、がまがえるを想起させるいでたちだった。中年親父という言葉がよく似合う。
「君が伊東ユキちゃんか。いや〜、ビデオや写真でみるよりもずっとタイプだ。
気に入ったよ。君はこれからず〜〜〜〜っと僕の家ですむんだよ〜」
声も、顔も、すべてが生理的に受け付けられない。
ただ呆然としていると、横ではガマ男がぺらぺらとどうでもいいことを話している。やれ、オークションでもう一人のやつがねばって大変だったとか、やれ、私の盗撮ビデオを見たとき私をほしいとおもったとか。そして、最後にとんでもないことが告げられた。
「ユキちゃんはね、僕に犬として飼われるんだよ。」
わけがわからなかった。がま男がパチンと指を鳴らすと黒服の男が赤い首輪を持ってきて私につけようとした。
「いやっ、いやっ、やめてっ」
抵抗しようとしたが拘束されていてできなかった。首輪がはめられた、転落の瞬間だった。そして、私は椅子にくくりつけられたまま眠り薬をかがされた。


目が覚めると私は鉄の檻の中にいた。檻には白い布がかけられているようだった。裸で首輪だけつけられた惨めな姿。拘束具はすでにはずされていた。首輪をはずそうと試みたが、鍵がかけられていてそれもできない。首輪からひもがのびてそれが檻の外まででている。あまりの理解を超えた状況に涙も出てこない。
足音が聞こえてきて、いきなり布がはぎとられた。剥ぎ取った人物はやはりがま男だった。それなりに広い部屋、というよりも、ホールと表現すべきだろうか、その真ん中に檻がおかれていた。そして檻の鍵が開けられ、手綱をひっぱられて檻の外へと出される。
「ここがこれからゆきちゃんが住む部屋だよ。寝るときはあそこ。」
ゆびさす部屋の端には「YUKI」とかかれた犬小屋があった。
「あ、そうそう、犬みたいに四つん這いになって歩かないと危ないよ。その首輪ある程度の高さを感知するとその高さに応じて電流が流れるから。」
「・・・・・ふざけないでよ。」
ユキは震える声を絞り出す。
「私は人間よ!わけのわからないうちに売り買いされて、それで、それで、今度は犬扱い?ふざけないでよっ!!」
溜まっていた感情が一気にあふれ出た。
パッシーン
ガマ男は思い切りユキの頬を叩いた。
「犬が人の言葉をしゃべるなんておかしいと思わない?犬は黙って人の言うことを聞けばいいの。ゆきちゃんはもう犬なんだから。返事はワン・移動は四足歩行、それだけでいいの、わかった?」
ユキはあまりの衝撃に何も話せなかった。誰かにはたかれたのも、これほどまでに話が通じなかったのもこれが初めてだった。
パッシーン  もう一度叩かれた。
「返事は?」
パッーーン  さらに強く叩く。
ユキは涙ながらにその言葉を口にした。
「・・・ワン」
「それでいいんだよ。まったく手間をかけさせてくれる。まぁ、はじめのうちの犬の調教は基本だからいいんだけどね。じゃあ、次はトイレの説明をするよ。」
手綱をひかれ、四足歩行を強いられて、部屋の角につれていかれる。そこには、ペットボトルとトレイが固定されており、ペットボトルには液体を入れやすくするために三角錐の中継器具がついている。用途は見て明らかだった。普通でないのはそれだけではなかった。それは、さまざまな角度からカメラがしかけられていること、しかも盗撮用などの小型のものではなく誰が見てもはっきりとわかる撮影用のそれなりのさいずのものばかり。
「ゆきちゃんはこれからここでおトイレをするんだよ。いいね?」
さすがに、これを承諾できるはずがない。返事をせずに黙っているとまたもや平手打ちが飛んでくる。男はしゃがみこみ語りかける。
「ねぇ、あんまり聞き分けがないと僕もおこっちゃうよ?次返事しなかったらどうしようかな?あっ、そうだ、こういうのはどう?ユキちゃんの男友達全員に例の盗撮ビデオを送りつけて家の中を盗撮するの。いったいユキちゃんのお友達はそれをみて何するだろうね?それをゆきちゃんと一緒に見て楽しむってのはw」
その言葉にユキは一気に青ざめた。男はさらに怖い言葉をつづける。
「それにね、いざとなったらどこにだって売り飛ばしちゃうこともできるんだよ?若い臓器ほしがってるところなんていくらだってあるしね」
ガマ男はおびえるゆきを満足そうに見ている。
「んじゃ、ゆきちゃんはここでおトイレをするんだよ、いいね?」
「・・・・・・わん」
服従宣言。


つづく