第三話(最終話)


 落札者はステージを降り、壇上には一糸纏わぬ裸のアキが残された。司会が促すとおずおずと立ち上がり、再びステージ中央に立つ。
 胸の下で自分を抱きかかえるように腕を組み、身体を隠すでなく立ち尽くしている。
 俯き、伏せられた目、ほんのりと羞恥の色に染まる肌、組まれた腕に押し上げられた豊かな乳房とその先端の薄紅色の乳首。伸びやかな脚から程よく肉の乗った腰周り、なだらかな下腹部から、淡い陰りに縁取られた陰裂まで余すことなく衆目に晒す。
 幾度となく浴びせられた好機の視線と卑猥な歓声。波のように打ち寄せるにそれに彼女は身を震わせて耐えることしかできない。

 不意に、場内に聞き覚えのあるメロディが流れ、彼女の伏せた目が驚愕に見開かれる。ショーの最初を飾ったムーディーなバラードだ。反射的に舞台横の司会に目をやるが、彼は最早何も言う事無くステージを見守っている。
「あぁ……」
 組まれた腕が解かれ、大きく広げられる。裸身を隠していなかったとしても、それでも組むことで押さえ込んでいた不安が溢れて心に押し寄せてくる。
 旋律に合わせ、知らないはずの振り付けで踊る。緩やかな動きで身をくねらせ、突き出し、手で身体をなぞり、女性美を誇るような所作に客席からは思わず溜息が漏れる。

 曲が転じて色とりどりのライトが瞬く。前の曲とは対照的な激しいリズムに合わせた、一糸纏わぬ姿で踊るには余りに大胆なダンス。交差する光と影の中で裸身が輝き、陰が生まれては消える中を肢体が躍動する。自然に手拍子が生まれる中、曲の終了に合わせポーズを決めると、場内が大いに沸き立った。

 曲が止み、照明が消え、先程の余韻にざわめく中、再びスポットライトが灯り闇の中の舞台に彼女を照らし出す。不慣れな、それこそ初めてのダンスに息が上がり、かいた汗がライトを反射して輝いている。
 流れ出したスロウな曲に合わせて三度彼女は踊り出す。その踊りは今までのそれと比べ、余りにも扇情的なものだった。
「えっ……やっ」
 気だるいメロディーと甘く囁く様な外国語の女性ボーカル。それに合わせて自らの手で胸が掬い上げられ、揺らされ、撫でられ、揉まれる。
「や、やだっ……」
 背中を向け、脚を開いてヒップを突き出し、尻たぶを揉み、腰をくねらせる。流れるボーカルの様に男を誘う仕草。散々見られた裸体でも、それでも自ら見せ付けるのとは違う。
「止めてっお願い……」
 自らの言葉に反して、彼女は踊り続ける。
「見ないで……ください……」
 消え入りそうな声で懇願しながら、ヒップを割り開き、腰を揺らす。歌の合間の吐息に合わせ腰が前後し、その動きが露骨に立ったまま背後からの交合を連想させる。

「あはぁっ……」
 アキを背後から貫いていた見えざる男が果てると、彼女はそのまま前方にへたり込む。しばらくうずくまった後、曲が転調するのに合わせて身体を反転させ、客席へと向き直る。
 尻餅を付くような姿勢から、高く伸びる歌声に合わせ、上体を反らせると、艶やかな髪がふわりとなびいた。
 そのまま立てた膝を開き、陰部を見せ付けるように突き出していくと、客席のどよめきが最高潮に達する。
「い、嫌……それだけはっ……」
 顔を背け、目を閉じても、男達の視線が感じられ、その熱が肌を焦がす。そろそろと伸びた手が秘裂に触れると腰から内腿にかけてがぞくりと震えた。
「そんなとこ、ダメっ……触らないでっ」
 自分の手は、しかし、主の願いを聞き届ける事無くしなやかな二本の指――人差し指と中指を伸ばし、
「いっ……嫌ぁ――ッ!!」
 陰裂を割り開いた。

 女体の全てを余す事無く見せ付けられ、客席は大いに沸き返った。無数の視線を陰部の更に奥、内壁の粘膜で受け止めると、先程のダンスを越える心拍数で胸が脈打ち、玉の汗が肌を伝う。息が乱れ、呼吸を繰り返しても息苦しさが収まらない。ガクガクと腰が笑い、思考が弾け飛ぶ。
 曲がクライマックスを迎え、一際高くボーカルが歌い上げると同時にそのまま床に崩れ落ちた。

「これにて本日のスペシャルイベント、素人ストリップショーを終了いたします。ご覧頂いた皆様。そして、ご出演いただいたアキさん。本当にありがとうございました。それでは皆様、彼女に盛大な拍手をお願いします」

 万雷の拍手の中、挨拶もそこそこにおぼつかない足取りで司会に支えられるように舞台を後にする。終わった、という安堵感すらなく、ただ放心したまま遠ざかる拍手を聞いていた。


 アキの後に行われた一番人気の踊り子のステージ、その歓声が遠く聞えてくる。それを聞きながら彼女はあてがわれた部屋で椅子に腰掛けていた。
 殺風景な部屋には、彼女の身に着けていた服と真新しい代えの下着――シンプルな物だが――が丁寧に折り畳まれて置かれている。それを着る事も無く裸のまま俯き、時折嗚咽を漏らす。
 やがて全てのショーが終わり、その後始末の為に部屋の外を人が慌ただしく行き来する音がした。、そしてそれも止んだ頃、彼女は意を決して服を身に着けた。衣服を整え涙の跡を拭うと、意を決して扉を開いた。

「おっ……と、丁度良かった、今そちらを訪ねようと思ったところです」
 開いたドアの前には司会の男が立っていた。
「立ち話も何ですし、入ってよろしいですか?」
 機先を制された彼女の逡巡を同意と解釈し、するりと部屋に入り込むと、テーブルを挟んだ対面の椅子に腰を下ろし、封筒を差し出す。
「お疲れ様でしたアキさん。こちらが本日のギャラになります、オークション分の41,500円も込みで入れておきました」

 あくまで落ち着き払った司会の男の態度に彼女は堰を切ったようにまくし立てる。
「なんでっ!何でわたしにあんな事をさせたんですかっ!?身体を勝手に動かしてっ、人形みたいに操って、人前で無理やりあんな……」
「あんな?」
「躍らせてっ……服を脱がせて……とにかくっ!あなたのやった事は最低です!」
 眦を決して非難しても、具体的な事になると言いよどむ彼女に内心苦笑しつつも、司会者はサングラス越しに彼女を見つめ返し
「まぁ落ち着いて、まずは座ったらいかがです」
 激しく非難を受けたにしてはのん気に過ぎる男の言葉に素直に従い、向かい合って座る彼女。その顔は、驚愕が張り付いていた。

「と、まぁ薄々あなたにも察しがついているかもしれませんが、所謂催眠術です。……と言ってもそんなに便利な物じゃなくてですね、色々と制約があるわけですよ。相手が強く忌避することはさせられない、とかね。
 例えば死ねと言った所で――あぁ、これはいい例えじゃないかな、まぁいいか――自殺させられるわけじゃあない。余程人生に絶望して死を望んだ人間なら別ですが、そういう相手なら誰にでもその最後の一押しが出来る可能性があるわけで」
 突然の、想像の埒外の説明に彼女は困惑する。
「さて、今回のあなたに当てはめると……そうですねぇ、あなたは好みのタイプの男性に見つめられるとドキドキしません?必要以上に」
「なっ……」
 遠まわしに自分が"男に身体を視られたがっている"などと指摘され、その一方的な偏見に反発する。
「そ、それは……全ての女性が見られて喜ぶなんてことはありません、そんなのは男の人の勝手な――」
「実際にあなたがそうであるかはともかくとしてですね、私の術はそういう願望を抱いてる人と相性がいいみたいでして……」

「ま、その辺は追々お話しするとして本題と行きましょう。どうでしょうアキさん、次回もショーに出て見ませんか?」
 今までの内容をまるで無視した馬鹿げた提案に無言を持って応える。
「そうですか、今夜のショーは大変好評でして、ここまでの盛り上がりは最近なかったものですから」
 彼女の拒絶を気にした風もなく、懐からストラップに繋がったメモリを取り出し、目の前で揺らす。機械に詳しい方ではないが、それでもそれに今夜の映像が収められていると直感し、反射的に手を伸ばす。
 アキは意外なほどあっさりと手の中にメモリを掴みとった。

「コピーでよろしければ差し上げます。今夜の記念にどうぞお持ちください。しかし残念だ、あなたならこの劇場のスターになれるのに。ねぇ浅木亜季さん?」
 突然フルネームを呼ばれ、亜季は愕然とする。
「ええっと、亜季さんはxx大学で史学を学ばれているんでしたよね、ここには夏休みを利用して史跡の見学に、ですか?ご家族xxにお住まいで、ああそうだ、確かご実家では犬を飼っておられる」
 亜季の顔が青ざめる―――何もかもを知られている。もし出演を拒むようなことがあれば、わたしを知る人間にこの映像をばら撒かれる。そして目の前の男はそれを躊躇なく実行してみせるだろう。飄々とした語り口の裏に潜む得体の知れない影に彼女は戦慄した。

「これはご自分で話された……あぁ、催眠状態が不安定だとその間の記憶も混濁する場合もあるのですが、特に実害はないので大丈夫ですよ」
 男の言葉に、この土地の駅へ降り立ってからの記憶がよみがえる。確かにこの男に声を掛けられ……
「いや、昼間に偶々別の用件で駅前に出向いたのですが、そうしたら珍しく若い女性がお一人でおられまして、上手く行けばと声をお掛けしたところ、快く応じて頂きまして」
 驚きに口を噤む彼女の傍ら、司会者は語り続ける。
「うーん、あなた自身の容姿もさることながら、プロフィールも実に素晴らしい、どうです、考え直してこの夏の間だけでも当劇場にご出演願えませんか。報酬の方は弾ませてもらいますよ」



<完>