第一話


 都心から快速で二時間ほど揺られたところにあるとある温泉地。そこは手軽な保養所として今も根強い人気を保ち、また戦乱の時代の足跡が数多く残る名勝地でもある。
 山中に造られた温泉街は小規模ながら旅館やホテル、また飲食店や土産物屋が軒を連ね活況を呈している。
 季節は真夏。観光シーズンの只中にあって賑わっていた通りも、夜が更けるにしたがい人通りも絶え、山の中の静けさを取り戻している。
 しかし、大通りを外れ、奥まったところに立つ古びたストリップ劇場は、夜の早い温泉街にもかかわらず、今この夜更けにも街に数少ない灯を燈し続けていた。


 前の踊り子による演技が終わったその余韻の中、ステージに司会の男が進み出る。ショーが始まる前に来場の礼やら観賞の諸注意やらを述べていた男だ。サングラスに趣味の悪いジャケットのその男はマイクを手に口上を述べる。

「さて皆様、本日は当劇場にお越し頂き、まことにありがとうございます。これより本日のスペシャルプログラム、素人女性によるストリップショーを行います」
 突然の発表にざわめく客席。"素人"との触れ込みに期待を寄せる者もいれば、逆に単なる素人など見ても面白くはなかろうと失望する者もいる。場内を二分する空気の中、司会は続く。
「なにしろ素人さんでありますので毎回おいで頂く、というわけにはなかなか参りませんのですが、本日は幸運にして出演を希望する女性の方がおられまして、こうして皆様にご覧いただける運びとなりました。それでは皆さん、拍手でお迎えください!アキさんっどうぞっ!!」

 司会の高らかな呼び声と共に場内にアップテンポのダンス・ミュージックが流れ出し、スポットライトがステージの袖を照らす。カーテンが垂れ下がるそこから姿を現したのは、意外にも若く清楚な女性だった。

 落ち着いた色合いのブラウンの髪に僅かに施されたナチュラルなメイクといういでたちは自らの肌を晒すことを生業にする女性には見えず、半袖のブラウスにジーンズといった服装はショーダンサーの衣装にはあるまじきものだ。
 そんな彼女がスポットライトを浴びながら舞台――客席に向け半円型に張り出したステージの中央へと歩み出す。緊張しているのか、どことなく虚ろな雰囲気。プロならば備えている"しな"とは無縁の歩みに落胆の溜息を漏らす者もいる。

「ご紹介いたしましょう、東京からお越しのアキさん19歳です。あぁ、お名前は諸々の事情により、仮のもの、ということで。アキさんは19歳ということは学生さんでいらっしゃる?」
「はい」
 司会の質問に短く答えを返す。
「大学生?」「はい」
 発声自体はしっかりとしているものの、淡々とした、いや、し過ぎている受け答え。それが素人故のものとは異なる何かを感じ取った客席に違和感が広まって行くのを察したのか、司会は質問を打ち切り、半ば強引にショーを開始させた。

「それではアキさん!お願いします!」


 入場時から流れ続けていた曲から一転して、緩やかなバラードへと変わる。ブラスの切なげなメロディーに乗せてアキ――そう呼ばれた女性は靴と靴下を脱いでいく。やや離れてスポットライトの外に立っていた司会がさりげなく歩み寄り、脱いだ靴を回収して舞台袖に放る。
 次いでブラウスに手を掛ける。袖や襟元にレースをあしらった緩やかなシルエットのそれのボタンを外し前を開くと、その下の淡い色のキャミソールが露になり、袖を滑らせると細く白い肩がライトに晒された。
 恥らうでもなく淡々と身に着けた衣服を脱いでいく媚も"しな"もない動作、それは見る者にとって意外に退屈なものであったらしく、当初期待を抱いていた観客達にも失望が広がり始めていた。


 キャミソールとジーンズ、そして裸足でステージに立つアキ。彼女は無表情のまま壇上から観客を見下ろしている。

「うーん……こりゃ参ったなぁ、アキさぁん、お客さんが見てるんですからもう少しサービスサービス。色っぽくね!……じゃちょっと気分を変えて行ってみましょうか」
 キャミの裾に手を掛けた彼女を制して仕切り直しを宣言すると、一転してヒップホップ調の曲が流れ出す。重いリズムトラックに野太い声のラップがズンズンと響く。それに合わせて身体を揺らしながら進み出た司会の男がおもむろに手を差し上げ、指を弾いた。

 パチン、と指を鳴らすと煌々と照り付けるスポットライトの下で白く染まった彼女の人形じみた顔に生気が戻る。虚ろな眼差しは焦点を結び、閉じ合わされていた唇が開く、そして……

「え、あ……なに……?」
「お目覚めですか?」
 顔を覗き込んでマイクを向ける司会者。自ら置かれた状況を把握しきれず半ばパニックに陥り掛けた彼女に男は、「ここはストリップ劇場のステージであること」「アキは素人のゲストとしてショーに出演することに同意したこと」「そして今この場所こそがショーのステージであること」を告げた。
「そ、そんな……嘘っ……わたしっ、わたしそんな約束してませんっ!」
「まぁその辺は追々――」
「嫌ですっ、わたしこんなこと……人前でなんて……」

 壇上の彼女のみならず、観客も突然の出来事に当惑した。いかなる理由か、従順に――それも度が過ぎると面白みには欠けたが――服を脱いでいた踊り子がいきなり辞めると言い出し、司会と揉め始めたのだから。
「大変失礼をいたしましたお客様、えぇー、ショーの方ただいま再会いたしますので今しばらく、今しーばーらーく、お待ちくださいっ」
 この期に及んでまだこの勝手な言い分。これ以上ここに居たくないし、居る必要もない。自分が裸足なのが気にかかるが、今はそれどころではない、とにかくこの舞台を降りるのが先だ。そう思ってアキが踵を返して舞台袖へと向かおうとしたそのとき

 パチン、と再び指が鳴った。


 スナップ一つで静まり返った中を、音が鳴った方へ恐る恐る振り返る。そのままステージの中央へ戻り。改めて正面客席に向き直る。
 それを見た司会は満足げに笑みを浮かべ、アキを追って移動するスポットライトの輪の中から逃れて舞台脇に身を引いた。
「え、やだ、なんでっ……」
 指を鳴らす音に反応し、振り向いたまでは自分の意思だ、いやそれすら今はわからない。だが少なくとも振り向いてから先はわたしの意志じゃない。だって戻る理由なんてないんだから。
 戸惑う彼女の身体が音楽に合わせて揺れる。それに手足の動きが加わり、単純ながらもダンスの体を成す。戸惑いの表情を浮かべながらも踊る彼女。その今までとは違う生気ある姿に多くの観客が期待の眼差しを寄せる。

 脚を開き、落とした腰をくねらせる。挑発的な仕草とは裏腹の困惑の表情。腰に当てられた手がベルトに伸び、バックルを外す。外したそれを誇示するように持ち上げて脇へ放ると、司会の男がそつなく受け止め舞台袖に送る。
 ベルトを失い、ずり落ちたジーンズのトップボタンを外し、ゆっくりと見せ付けるようにジッパーを下ろしていく。

「い、嫌ぁ……」
 自らの懇願も無視して彼女の腕はジーンズに手を掛ける。くるりと背を向けると腰をくねらせ、8の字を描くように尻を振って観客を誘う。
「あ……あぁ……」
 観客の喝采に応えるようにジーンズをずり下ろすと、パステルブルーのショーツに包まれた尻が露になる。
「きゃっ……」
 唐突に落下する感覚に思わず悲鳴を上げる。いや、彼女の意と関わりなく座り込む身体。尻餅を付いた姿勢から半回転し再び観客に向き直る。そこから足を上げ、ピンと伸ばした脚からジーンズを抜き取る。
 ジーンズが引かれるたびにショーツから内腿、膝、ふくらはぎと徐々に白い脚が露になって行った。脱ぎ終えた素足を高く伸ばして見せ付けると、残るもう片方へ手を掛ける。
 片方ずつ、ゆっくりと。人前で、しかも見せ付けるように服を脱ぐ。その未経験の羞恥が彼女の心を打ちのめす。
 立ち上がり、脱ぎ終えたジーンズを舞台脇へ放ると、意にそぐわない手が軽く曲げた素足をなぞり、観客の目線を誘う。無遠慮な視線が彼女の脚の程よく肉の付いた柔らかなラインをなぞり、清楚なデザインなショーツを射抜く。

「やだ……見ないで……」
 再びリズムに乗って身体を揺らしながらキャミソールの裾に手を掛け、恥じらいの言葉とは正反対に一気に引き上げると、なだらかな腹部からショーツと同色のブラジャーが現れる。するり、と頭が抜かれ、キャミソールが宙を舞った。


 プロさながらの身のこなしでありながら、素人そのものの恥じらいを浮かべ、視線を拒絶しながらも妖艶な仕草で服を脱いで行く。その倒錯した所作が客の心を捉えたのか、場内は沸きに沸いた。熱の篭った視線と、卑猥な野次交じりの歓声を、壇上の踊り子――アキは身を隠すことなく、煽るように、また受け流すように下着姿をくねらせる。

 彼女が身の纏うのは、今やパステルブルーのブラジャーと揃いのショーツのみ。3/4カップの縁にフリルをあしらった清楚なデザインのブラが豊かな胸を形よく包み、深い谷間を形作っている。そこからなだらかな腹部を経て、同色のショーツから伸びやかな脚に続く。その僅かな二箇所を除いて晒された柔らかな肌がスポットライトを照り返すように輝いている。

 踊る身体と相反して、目を伏せ、表情を翳らせる彼女。これ以上の辱めには耐えられない、そう思い舞台袖に視線を移すとその先の司会の男と目が合った。懇願する視線に、男は笑みを浮かべて歩み寄り、それと同時に身体を揺すらんばかりに鳴り響いていた音楽もボリュームを下げる。

 ショーの中断、あるいは終了を予感させる突然の出来事に客席がざわめき、中には露骨に不満を口にする者もいた。その中を踊り子の隣、スポットライトの中に再び進み出た司会の男。
 これで終わる、やっと開放される。男の登場をそう解釈したのか、アキの顔に希望の光が射す。あとはこの男が終了を宣言すれば――
「さて皆様、ショーの度々の中断、大変失礼致します。本日は当劇場から皆様に特別サービスをご用意させていただきました」
 しかし、アキの望みは男の宣言に断たれる事となった。
「我らがアイドル、アキ嬢が身に着けているのは残すところ上下の下着二枚!この二枚を当劇場にお越しの皆様へオークションに掛けさせて頂きます!」


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