第五話


「さあ皆様お待たせいたしました。黒崎誠二マジックショー、第二幕の始まりです!!」
 宣言に続き、声高らかに私を紹介する。
「引き続きショーをお手伝いいただくのは皆様ご存知、スタイル抜群の美貌のバニーガール。畑中理緒さんです!どうか彼女に盛大な拍手を!」
 観客は促されるまま盛大な拍手で応じる。それに混じって歓声や視線に猥雑な物が増していくのが壇上からはっきりと解る。

「これ……ちょっとまずいですよ、やっぱり」
「いいのよ、せっかく綺麗なんだし、たまにはパッと目立たなきゃ」
「んー……」

「さて、次なるマジックの準備と行きましょう。理緒さん、お願いします」
 奇術師は私にステージの袖から道具を持ってくるように促す。正直この男に物を頼まれるのは気に入らないなんてものではないが仕方が無い。事は既に私一人の問題ではないのだ。袖へ向かう途中、ちらりと二人の様子を伺う、グラス片手の彩乃、小さく手を振る真由香。大丈夫、彼女らにおかしな兆候は無い。

 動揺を悟られぬよう精一杯気取った歩みで袖から運んだ"それ"をステージ中央に置く。それは小さな一本足のテーブルだった。足や天板側面に植物を模った彫刻が施された小さなテーブルで、女の私でも取り立てて重いとは感じない。その上に丸いトレイに布を掛けられた何かが乗っている。

「ありがとうございます」
 奇術師は私に例を述べるとテーブル上の布を取り去った、その下にはコップが一つ。彼はそのコップを掲げ
「ここにご用意したしましたのは種も仕掛けもないこのコップ」
 と、お馴染みの口上を述べた後、私に手渡し、調べるよう促す。特に以上が無いことを確かめると無言で頷く。
「ええ、何の仕掛けも無いただのコップですね、理緒さんにもただいま確認を頂きました」
 頷いた奇術師は観客に向け両手を広げる。広げた両手を閉じ、再び開くと指の間にはピンポン球より一回り小さいぐらいの色とりどりのボールが現れていた。彼はそれを投げ上げ、器用にお手玉する。一通り回し終えると今度は私の持ったままのコップに次々と投げ入れていく。硬質のスポンジらしき材質のせいか、ボールは跳ね返ることなく全てコップに収まった。
 華麗なジャグリングへの賛辞に応えて一例する奇術師。

「さて、これからがこのマジックの本番ですよ。理緒さんコップを」
 促されるままコップを返し
「ところで理緒さん、この中にお好きな色はございますか?」
 突然の質問に戸惑ったが、それを悟られぬよう平然を装い、目に付いた色である白と答えた。
「白ですね、結構です」
 そう言うと受け取ったコップに手で蓋をし、上下をひっくり返し、また戻しと何回か繰り返した後、バーテンダーがカクテルを作る様にシェイクし始めた。やがて底に添えられた手を放すと

「おぉーー」
 手の中には、白いボールが握られていた。
 つまり……どういう仕掛けかコップの底をすり抜けてボールを取り出したということか。
 奇術師は白いボールをテーブルの上のトレイに置くと、他の色も一つずつ取り出して観客に掲げて見せる。全てをトレーに移し終え、白が一つ、つまりそれがコップから取り出した物であることを証明し終えると再度一礼し、何度目かの歓声を浴びた。


「いかがでしたでしょうか物質透過魔術。さて、皆様に次なるマジックをお見せするその前に……」
 拍手が鳴り止んだあたりで口上を述べつつ袖口から布を引き出す。広げたそれは奇術師の胸までの長さと幅を持っていた。その布を先程までの"物質透過魔術"に使っていた道具一式が載ったテーブルに掛け――
「1.2.3っ!」
 三つ数えて指を鳴らすと、テーブルを覆っていた布が床に落ちる。奇術師が布を退けるとその下にあったはずのテーブルは跡形も無く消えていた。
 これじゃ助手なんかいらないじゃない、と嘆息した心中を見抜いたか奇術師は
「次なる演目は残念ながら一人ではできないマジックなのです。理緒さん、こちらへお願いします」
 と、再びステージ中央に敷きなおした布の上に立つよう促す。
 この布に何があるのか、おそらく何れにせよ私を捕らえて何らかの辱めを……いや、だからと言って怖気づくわけには行かない。
 何かの気配を察した観客の間にも不穏などよめきが広がる中、二人の席の方へ向かって心中で頷くと意を決して布の中央に歩を進めた。

「結構です。それでは、行きますよ」
 私の立ち位置を確認すると、奇術師は私の足元へ向け両手をかざす。そして念じるような仕草を続けると……
「おい、あれ……」
「なんか浮いてないか?」
 錯覚ではない、少なくともそこに立っている私には浮き上がる感覚がある。薄い布は硬く張り、まるで床板が下に敷かれたようにしっかりと上に立つ私を支える。やがて布は30センチほど浮き上がり、私の立つ見えない床板に掛けられたテーブルクロスのように端を垂らしていた。

 奇術師がかざした腕を上げると、それに伴い見えない床が持ち上がっていき、やがて奇術師の頭の上辺りで静止する。人一人分の高さ。さすがにヒールを履いて飛び降りるには無謀な高さに持ち上げられ、歓声に答える余裕が無いままに立ち尽くす。
 ふう、とやや大げさに嘆息した後、浮き上がった布の下を歩き回り腕を水平に払ってみせる。そこに何も無いことを証明すると今度は垂れ下がった布をめくり上げる。
「えぇーー!?」
「おい、マジかよあれ」
 テーブルクロスのように垂れ下がった布の下には何も無かった。つまりこの布はこれ一枚で私を支え、持ち上げているのだ。
 掛け値なしの大魔術に大歓声が沸きあがった。
「我がイリュージョンマジック、お楽しみ頂けたようですね。ですがまだ続きがございますれば」
 布の真下から横に逸れ、指を鳴らす。
 その瞬間
「ああっ!!」
 私を支えていた布はその強度を失いただの布となり、足場を失った私はそのまま落下し――

 あ……

 ――私は尻餅を付く様な姿勢で何も無いはずの空中に浮いていた。


 床に触れる感覚は無くとも身体はその場所に留まる不可思議な感覚。
 奇術師は自分の胸ほどの高さに浮かぶ私の下に手を通し、再び何も無い事を証明してみせる。人間一人を宙に浮かべる大魔術に割れんばかりの歓声。だが、奇術師は芝居がかった仕草で首を振る。

「皆様に我がマジックをお楽しみいただき誠に光栄です。ですが、人一人浮かべただけのことで今日日どれ程皆様にお喜び頂けているのでしょうか」
 唐突な問いかけに場内に疑問が満ちる
「美貌のアシスタントを宙に浮かべるだけでどれ程の方にご満足いただけるのか」
 な……、まさか……
「そう、我が真夜中のマジックショーはここからが本番です!!」
 奇術師の宣言の意味を図りかね困惑する観客。だが私にも具体的な想像は付かなくとも自らの身に何らかの恥辱が与えられることははっきりと予想が付く。浮かんだ姿勢のまま逃れようと手足を動かすが……
 動けないっ!?
 床の上なら這うこともできようが、宙に浮いたままではそれもままならない、やがて宙を掻いてもがく手が奇術師に捕らえられる。
「やっやだっ」
 抵抗虚しく左手首を掴まれ、同時に左足首も捉えられる。その二箇所が近づくと、パチンと音がして手首のカフスが左の手首と足首をつなぐ。
 「えっ……」
 私の手足で両手が塞がっている筈の奇術師はどうやってその作業をやってのけたのか、そもそも手首に一巻きしてやや余裕がある程度の長さでは足首とまとめて縛ることなどできるはずない。そんな疑問をよそに8の字に捻れたカフスは手首と足首を縛り上げ、スナップボタンで留められているだけにも関わらず、頑として外れる気配も無い。
 自由を奪われた膝辺りを押されると、そのまま私は半回転して自由な右半身を奇術師に向ける格好になる。片手片足では抵抗する術もなく、私は左同様手首と足首をつながれてしまった。
 
 さらに半回転の後、私は観客に足を向けて両の膝を立てた状態で寝そべったまま宙に浮いた状態となった。

「うわ、すげぇアングル」
「たまんねぇな」

「くっ……」
 観客に向けて下半身をさらけ出すような姿勢。上体を起こしていないと微妙な長さの手枷と化したカフスに引っ張られ、膝が開いてしまう。それに負けまいと私は腹部に力を込める。

「脚開かねえかなー」
 ステージ下に向けた会陰部に視線が集中するのが解る。ストッキングやレオタードの薄い布地など容易く通り抜けて体の起伏をなぞられる様な錯覚。段差を通して尚、間近で覗き込まれているような熱を感じる。

「嫌っ降ろして、こんなの……」
「だいぶ緊張しておられますね、もう少しリラックスされては?」
 ショーを演じるマジシャンの笑顔を崩すことなく私に囁きかけ、力を込めている腹部を軽く撫でる。
「やめてっ!触らないでっ……」
「ふむ、困りましたね、では別の方に代役をお願いすることにしましょうか」
 彼の切り札。そのカードの前に私は従わざるを得ない。
「……わかったわ」
 不承不承、屈辱的な姿勢を受け入れる。
「わかった、とは?」
「私が、ショーを……続ける、から……」
「結構。まあ理緒さんにも充分リラックスして頂きますよ」

 思わせぶりな台詞で私との密談を終えると、奇術師は舞台床に落ちたままの布を再び拾い上げ大きく翻す。するとそこには消えたはずのテーブルが現れていた。布を折りたたみテーブルに載せ、代わりにスポンジボールを手に取る。
「さて、先ほど御覧に入れた透過の魔術。皆様にはあれを再び御覧頂きましょう」

「おいおいまたかよ」
 観客の訝しげなざわめきを制するようにボールを掲げ、手の中に握る。
「さあ、何か聞こえてきませんか?」

「ん?何だ?何の音だ?」
「あのマジシャンの手の中か?」

 マジシャンに勧められるまま耳を済ませた観客の耳に、虫の羽音のような音が聞こえてくる。大多数が気付いた頃合いを見計らい奇術師は手を開き音の正体を明らかにする。

「あれが鳴ってるのか」
「さっきのボールだろ?」

 羽音の主は先程のマジックでコップをすり抜けた硬質スポンジのボールだった。それがモーターが仕込まれているのか振動し、音を響かせていたのだ。

「なぁこれって・・・」
「あぁ、アレだな、うん」

 まさか、これって……私の危惧通り、奇術師はボールを持った手を伸ばし、私の鳩尾辺りに無造作にそれを押し当てる。

「ひっ!」
 
 身体を起すために緊張させていた鳩尾に突如震えるボールを押し当てられた。振動が生み出すむず痒い刺激に一瞬力が抜け、脚を開きかけてしまう。

「ローターかぁ」
「え、じゃあそれ使って……」

「あ……んっ……」
 薄布越しに腹部を撫でるローターの刺激に負けまいと力を込め、膝を閉じ合わせる。そんな私の抵抗を仮面じみた笑顔で眺める奇術師。

「それでは、行きますよ」
 何を、と尋ねる間も無くつまんでいたボールを手の平で転がす様な当て方に変える。先程までの触れるか触れないかのむず痒さは減ったが、それ以外にもさっきとは何かが違う。まるで肌に直接触れてるような感覚。むしろ布の下にボールがあるような……。

 奇術師が当てていた手を放す。そこにはボールは無く

「あ、あれ」
「何時の間にあんなとこにっ」

 それは私の服の下に潜り込んでいた。
 ボールは私の腹部のレオタードの布地を持ち上げた膨らみをビリビリと震わせている。布地の伸縮性に押し付けられて振動が身体の中に浸透していく不快な感覚。

「まぁ先程の透過魔術の言わば応用、といった所でしょうか」
 仕切りの口上を述べるとテーブルからまた一つボールを拾い上げる。

「や、やめ……」
 私の言葉を意に解さず、二つ目を先程のやや下、臍辺りに埋め込む。
「これで二つ」
 三つ目は下側から肩甲骨の下に。ボールを取り上げ、かざし、数えながら私の衣装に埋め込んでいく。次いで両脇腹、胸の谷間、そしてストッキング越しに内腿にまで。
 テーブル上のボールを全て埋め込んだ奇術師は観客に一礼。

「さて、これで物質透過のマジックはおしまいです、が」
 抑揚を付けた口調で聴衆を引き付け
「ボールのマジックはまだまだ続きます」

 身体中をアリに這い回られるような疼痛感、それが皮膚に潜り込むように内部へと広がって行く。
 口上の後パチンと指を鳴らすと、その痛痒感は変化した。

「あ……えっ……」
 ただ震えるだけでなく強弱の変化を付けた振動。それが各所でランダムに変化する。弱いときは感じ取れないほど微弱に、強いときは軽い痛みを感じるほどに。
「如何ですか?」
 戸惑う私を覗き込む奇術師、だがそれに答える気など毛頭無い。彼は顔を背けた私に苦笑すると
「そうですか、それでは……」
 もぞり、と身体を動かした拍子にボールの位置がずれた、いや、身体の動きと関係なくボールが動いている。
「これなら如何でしょう」
 ある物はその場で円を描くように、ある物は身体のラインに沿って上下に、そしてある物は別の場所を目指して移動を始める。

「はぁっ……あぁ……」
 脇の下、肋骨の上を微弱な刺激と共に円を描く。くすぐられるのとはまた違うむず痒さに思わず宙に浮いた身体をよじる。

「おっ、効いて来たか?」
「服の下で勝手に動き回ってるのかっ?」

 鳩尾のボールはそのまま肋骨の下端をなぞる。不意に振動を強めて骨に触れられると思わずびくりと腹部が震えてしまう。
 何とか膝を閉じ合わせようとする太腿の強張りを解きほぐすように内腿のボールが這い回る。一度膝脇まで上った後、足の付け根までへの往復を繰り返す。特に内股の筋からレオタードが切れ込んだラインにかけてを執拗になぞり上げられ、堪らず膝同士と擦り合わせてしまう。

「おおっいいなぁ、すげぇ色っぽい」
「畑山さんあんなに脚をもじもじさせて、こりゃだいぶ……」

「や、やめ……」
「やめますか?」
 見透かすような笑み。辞める訳にはいかない。首を起して客席を、同僚の席を確かめる。息を呑む二人。彼女らに累が及ぶことだけは避けなければ、だから、私が……。


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