第三話


「さぁて皆様!理緒嬢も支度が済んだことですしマジックショーの方も再開と参りましょう!!」
 一際大きく張り上げる奇術師の声で私は我に返る。
 ……そうだ、私は誘われるまま壇上に上がり、無理やり浴衣を剥ぎ取られてこんな……バニーガールの衣装などを着せられて……
 意にそぐわず肌を人前に晒しているという状況をどうしても意識してしまう。それを頭から追い出すために手近で動くもの、マジックショーに目を向ける。

 斜め後ろに控える私の前で奇術師は、例によってどこからともなく金属製の輪を取り出すした。細いパイプを曲げて作ったような直径30センチぐらいの銀色の輪、それを腕に通して勢い良く回し、頭上に放り投げ片方の手で受ける。更にはそれを後ろ手に放り、背中を通して反対の手に持ち変えると一際大きな歓声が上がる。

「おい、あれ」
「あぁ輪が増えてるな」

 奇術師が振り回していたリングはいつの間にか鎖のようにつながった二つの輪になっていた。
 やはり、趣向や行動には問題はあれど彼は紛れもなく本物のマジシャンだ。
 回転を早めたとき、高く放り投げたとき、背中に隠れたとき、観客の目が追いつかなくなった瞬間を狙うようにリングが増えていく。背中側から見ている私にもその瞬間は捉えられない。やがて空中に投げ上げたリングを頭上で捕らえ、目の前に広げて見せたときにはそれは五つになっていた。
 歓声に答える奇術師、しかし彼は浮かない様子で
「おっと、あまりにお客様がお喜びになるものですから輪を増やし過ぎてしまいました」
 これを気の利いたジョークと受け取った観客の笑い声の中、再びリングを躍らせる。再び目の前に広げたリングは三つになっていた。
「ふむ、三つあれば充分です」
 適正な数に抑えたことで調子が出たのか、更に激しい動きでリングが舞う。体の周りをより大きな孤を描いて巡るリング、いや……

「あの輪っか大きくなってねぇか?」
「え?あー……錯覚だろ?」
 
 錯覚ではない、奇術師が振り回すうちにリングは確実に大きくなっている。そして奇術師は一抱え程の直径になった三つのそれを観客に掲げ、満足げに歓声に応えた。

「はぁ、流石に疲れました」
 大げさに肩をすくめる仕草が観客の笑いを誘う。しかし、言葉とは裏腹に息も乱だした様子もなく口上を続ける。
「というわけで今度は少し静かなマジックを御覧頂きます。理緒さん、舞台袖のそれをお願いします」
 ショーの手伝いとはつまりこういう事だ。恥ずかしい格好を強要されたのは癪だが仕方ない、不承不承頷くと精一杯気取った動きで"舞台袖のそれ"ことホワイトボードを舞台へ引き出す。
 ホワイトボードには四角と四則記号が書かれていた、要は数字が空欄の数式だ。これが三つ。
「はい、理緒さんありがとうございました。ではしばらくこちらでお休みください」
 手に持った三連リングを何事もないように外すとそのうち一つを私の目の前に差し出す。地面と水平になったそれは受け取ろうと手を出すより早く私に当たり、そしてすり抜けた。
「え……?」

 受け取ろうと曲げたままの肘の上、胸の高さで浮いている銀の輪が私を囲っている。
「なんだあれ」
「今すり抜けたよな!?」

 差し出した腕を押し下げるように二個目、下げた腕の上から輪が腰の高さで浮かぶ。

 三つ目。既にリングに抑えられた腕では拒む事が出来ないまま尻の辺りにそれを浮かべることになった。

「なっなんなのこれっ!?」
 体を動かそうとする私を阻むリングは空中に縫い付けられたように頑として動こうとしない。

「先輩、あれは……」
「助手を縛って……るわけじゃないのかしら」

 身体を締め上げることはないが腕を抜くには狭い絶妙のサイズ。しかし、このまましゃがめば下から……
 重心を真下に下げ、身体を抜こうとする、が
 ……動かないっ!?
 輪の中で身動ぎすることは出来ても、身体をある程度以上、特に上下に動かせない。見えない何かが私を戒めている。
 奇術師は逃れようとした私の企てを見透かすような笑みを残して観客に向き直ると高らかに告げる。
 「さて、理緒さんはお疲れのようですのでしばらくこちらでお休み頂いて、皆様には次なるマジックを御覧頂きましょう。名付けて、カバラの秘数術!!」

 「ひすうじゅつ?なんだそら?」
 「あれじゃないですか?数当てるとかそういうの」
 「じゃああのボードがそうなのか?」

 ホワイトボードの傍らに拘束されたまま立ち尽くす私を置いてステージ手前に進み出た奇術師は手の平ほどの大きさの箱を取り出し頭上にかざす。勢い良く箱に巻かれているテープのような物を破りさると封切った箱から中身を取り出した。

 「あ、トランプですね」
 「未開封で封印済み、イカサマはナシよってことね」

 空き箱を懐に収めると慣れた動作でカードをシャッフルする。

「さて、今回のマジックは理緒さんではなく――せっかくご用意頂いたんですが残念ながら今回はお休みということで――皆様にお手伝い願います」
 何故?マジシャンの助手とはこういう役割ではないのか?わざわざ拘束じみた真似をしてまで私ではなく客に手伝わせる?助手の私ではいけない理由がある……?進んで助手を務めたい訳では決してないのだが、それでも釈然としない物がある。
 思考に耽る間に奇術師はふわりとタキシードを翻し、舞台下に降り立った。

 舞台付近の観客になにやら話し掛け、協力を仰いでるらしい。
「このカードを切って、そう、納得するまでどうぞ……もういいですか?はいそれでは一枚どうぞ」
 客がカードを一枚引いたことを確認すると隣の客へ。同じようにシャッフルした後一枚引くように促す。それらを数回繰り返してマジシャンは再び壇上に戻る。ステージの上までは一跨ぎといくには少々高い段差があるが、それを苦にする様子もなく降りたときと同じ様にふわり、とステージに立った。

「それではご協力頂いた皆さん、カードの数字を教えていただけますか?まずは貴方からお願いします」
「あ、あぁ……クローバーの4だ」
 カードを引いた観客がカードを他の客にかざしながら答えると、奇術師は満足げに頷いてその数字でホワイトボードに書かれた四角の一つを埋める。

「クイーン、ハートのQです」
「あ、俺?俺スペードの10」
「ダイヤの7!」

 次々と行われる宣言により、ボードの数式が埋まっていく。

「スペードのA」
「おぉ素晴らしい、エース・オブ・スペードですね、と……さて、これで数式が完成した訳です。早速これを解いてみるとしましょう。あらかじめ四則記号こそ決められていましたが、入る数字は皆様のカード次第。さぁいかなる数字が現れますか」

 口上を述べながら計算機――先程までトランプの残りのカードを手にしていたと思ったが――で数式を解くと、解答をボードに記入していく。

「はいお待たせいたしました。答は84,58,87です!!」

「ねえ先輩もしかしてこれ……」
「えぇ、多分……」
 
 84,58,87……三つ並んだ数字。三つの数式それぞれの解。
 
 これは

「なぁこれ何の数字かな?」
「3サイズ、ですかね?」
「誰の?」
「誰のって……そもそも何の数字か分かんないじゃないですか」
 嘆息してステージに目を移すとそこには銀の輪に拘束を受けたままホワイトボードの脇に佇む助手。
「あぁ、そうか」

 多分

「さぁて察しの良い方ならお気付きかと思われますが、皆様のご協力で作り出したこの数式を解いた値。これが何を表すのかと申しますと――」
 おそらくの意味を察した観客も少なくはないようだ。ある者は固唾を飲み、そしてある者は自らの目で数字の真偽を確かめようと私に測るような視線を向ける。

 間違えようもなく

「――我らがアシスタント、畑山理緒嬢の3サイズです」

 薄々勘付いていた観客は予感が確信に変わった故の笑み。
「我が秘数術で求めた値なのですが、どうでしょう理緒さん、合ってますでしょうか?」
 言える訳がない。口を噤む私に観客から失望の溜息。

「と言ってもあくまでこれは計算値、これではお客様も納得し難いでしょう。よってこれより実測にて確認と参りましょう」
 続く一言で落胆しかけたムードが再び沸き立ち、更なる衝撃的発言に私はリングの中で身を震わせる。

 こ、こんなの……こんなのってない。さすがに余興の度を過ぎている。目の前で着替えさせられ、バニー姿にされただけならまだしも、その上3サイズを職場の社員達に公表されるなんて……しかもその数値はいかなる方法で割り出したのか、私自身が記憶するおそらく正確な物だ。だから、その数値を知られてはならない、正確な値であることを知られてはならない。

 大仰な動きで私に近寄るマジシャン。

「や、やめて……」
 後ずさりして逃れようとする私を銀の輪が阻む。空中に浮かぶそれはいかなる方法でか強固に固定され、まるで檻の様に私を閉じ込める。
 観客の視線を遮るように"檻"の前に立った彼は、どこからか取り出した布を広げ、私を覆い隠すように広げた。
「う、嘘よっトランプなんかでそんな数字がわかるわけないじゃないっ!デタラメよっ!」

「普通に考えりゃそうだわなぁ」
「うん、解る分けない」
「じゃああの数字は?」
「もしデタラメならそれと比べてどうなのか?ってことだよな」
「84か、それぐらいありそうじゃないか?」

「ですから実測しましょう、と」
 抗議を意に介さず奇術師は"檻"ごと私の首から下を包み込んだ。
「さぁて、お待たせ致しました。この布を取れば全て解りますよ」
 まずい、いかなる方法か想像は付かないが、これまでのショーから察するに彼は間違いなくそれをやってのけるだろう。

「解るのか」
「どうやるんだ?実際測るって言ってるけど」

 だから、布を取らせてはいけない。しかし、どうしたら……

 ステージ下から私が見えるよう、奇術師が一歩横へ。

「1.」

 布に手を掛ける。

「2.」

 視線が、意識が、布をその下まで貫かんばかりに集中し
「3!!」

 布は勢いよく翻った。
「おぉおおおおおおお」
 何度目かのどよめき、奇術師が注目を集め場を支配した証。
 翻った布はふわりと中を舞い、私の後ろにゆっくりと舞い降りる。
 布の下には中に浮かぶリングで作られた檻はなく

「なるほど、こういうわけか」
「確かにこうすればハッキリするな」

 私の身体には輪のあった位置でメジャーが巻きついていた。

「さぁて、お待ちかねの数値発表と参りましょう」
 
「あ、あぁ……」
 バスト、ウエスト、ヒップを測るべき場所にメジャーが巻き付き、私の3サイズを測っている。檻はもう無いのに私はまるで自らをさらけ出すように姿勢を正し、メジャーに身体を測らせている。これではまるで、自分からサイズを知らしめようとしているようだ。身をよじり、メジャーを振り解くべきなのだろうが、三箇所を――手を縛られたわけでもないのに、抑え付けられただけで身動きが取れない。

「や、やめて……」
 あまりに非現実的な状況に置かれたためか、それとも、手足は無事とは言え身体を拘束されているためか、弱々しく拒絶の言葉を口に出すことしかできない。

「それでは――」
 奇術師がメジャーの0の位置に目を向ける。バストのトップ同士の間、ちょうど胸元の切れ込みが入った辺りだ。奇術師に誘われるように視線が集まる。

「84!」
「やっぱり先輩ってそのぐらいありますよねー」
 自らのそれと見比べる真由香と苦笑する彩乃。

「嫌……」

 一際熱い、実際にありえないはずの熱すら感じさせる視線に灼かれる様に私は身を硬くすることしかできない。

 続いて視線は身体を這い降り、胸の谷間から鳩尾、さらに下へとレオタードの裏にじわりとした熱の軌跡を遺す。

「58!」
「マジか……」
「ここも当たってるな」

 射るような視線をウエストの一番細いところで受け止める。きゅ……っと一際強くメジャーが締め付けるような感覚。

「さぁいよいよ」
「ラストだな、確か……」

「87!!」

 奇術師の宣誓に導かれ、視線の群れは身体を這い降りる。腰の緩やかな締め付けは緩み、両の腰骨伝いにサイドを滑り降りて正面からは見えないはずのヒップを包み込んだ。

「87かぁ……」
「畑山さんいい尻してるもんなぁ」

 ストッキングを穿いてるとは言え、大きく切れ込んだレオタードから露出した腰骨から同じく大部分が露出した臀部にかけて、視線が縦横に這い回るぞわぞわとした感触に思わず揃えた脚をぴったりと閉じ合わせてしまう。

「はい、数字は御覧の通り見事に三つとも正解でした!我がマジック"カバラの秘数術"にご協力くださった皆さんありがとうございます」

 奇術師がパチンと指を鳴らすと巻き付いていた三本のメジャーは解け、床に落ち、金属質の音を立てた。

「あっ、さっきのリング」
「どうやったんだ今の?」

 戒めが緩むと私は視線から逃れようと自らを覆い隠すように身を竦める。知られてしまった、いや、3サイズを知られるだけでなく、実際に目の前で測定され、結果を読み上げられた。
 嘘、こんなの……羞恥と屈辱が絡みつく視線以上に内側から身体を熱くさせる。

「そしてなにより、ご協力頂いた彼女にも盛大な拍手を!」

 伏せた眼差しの先で床に落ちて跳ね踊るリング、それが奏でる金属音を万雷の拍手が掻き消して行くのを私は他人事のように聞いていた。


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