第九話


(やっぱり脱ぎにくいわね……)  ゆっくりとした動きでブラウスのボタンを外し終えた真由だが、汗で濡れてしまってい るブラウスは肌に張り付き、なかなか脱ぐ事ができない。それでも何とか肌から剥がし、 脱いだブラウスを畳んで脇に置く。  そして目を上げると、そこには鏡に映る自分の姿があった。 「……っ」  上半身が下着だけという姿など、普段から見慣れたものである。  だが、この薄いカーテン一枚を隔てただけで男に見られているという状況、ブラウスと 同じく汗を吸っているブラ、そしてついさっき胸の大きさをからかわれた悔しさ、それら が普段は感じることの無い恥ずかしさを彼女に与え、思わず目を正面からそらしてしまう。  しかし三面が全て鏡で囲われているこの更衣室では、ほとんど意味は無い。ただ異なる 角度から自分を観察するだけだ。  しかも今はまだ上半身だけだが、次にはスカートを脱がなければならない。そしてその 時、鏡に映るのは…… 「どないしたん、えらいゆっくりと脱いで。俺を焦らしてるん?」 「っ、そんなわけ無いでしょう!」  やはりカーテン越しに自分の姿は見えているのだろう。ブラウスを脱いだ後、次の行動 に移る事をためらっていた真由に、陽が明るく声をかけた。彼女を焦らせるためだろうか、 声と同時に指でテーブルを叩くような音も響いている。  そんな声と音に苛立ったように、真由は強い声で否定の言葉をあげ、まっすぐに前を見 詰めた。 (何よ、こんなの。ぱっぱと脱いだらいいんでしょ!)  ヤケになったような表情を浮かべると、彼女は視線をスカートに移す。ホックを外した 後、濡れてまとわりつくスカートを強引に足元に下ろしていき、そして脚を抜こうと右足 を上げたところで、彼女は視線を上げてしまった。 (……ぁ)  瞬間、彼女の時が止まる。  今の彼女は、ほぼ完全な下着姿であり、そしてそのショーツのクロッチ部が黄色く染ま っている。ここからは見えないが、お尻の部分も似たような状態だろう。白いショーツで あっただけに、より黄色い部分が目立ってしまっている。    もちろん真由も、自分のはいている下着がこのような状況になっている事は予想してい た。しかし実際に自分の目で見てみると、想像以上の惨めさに包まれてしまう。  先ほどお漏らしの瞬間を写真で見せられたが、ここまではっきりとショーツの様子は見 えなかった。またスカートをはいている時の姿はすでに鏡で見ているが、スカートが濡れ たのは主にお尻の方であり、正面からでは見る事はできない。  しかし今は違う。漏らしたオシッコが直接ぶつかったショーツをはいた自分が、目の前 に映し出されているのだ。スカートをはいていた時は、スカートが濡れている事は他人か ら見て分かっても、それがお漏らしの為かまでは分からなかったかもしれない。だが今の 真由の姿を見れば、誰もが彼女がお漏らしをしてしまった事に気づくだろう。  そしてその事実は、今現在、実際にその姿を見ている真由自信が一番強く感じてしまっ ていた。  黄色く染まったショーツは、デザインがしゃれている分、それを着けている真由が子供 ではない事を示唆している。またオシッコで濡れてしまったショーツは、汗で濡れたブラ ウスやオシッコで濡れたスカートと同じく、真由の股間に張り付いてしまっている。  しかも今彼女は、スカートから脚を抜く為に右足を上げたところなのだ。そのため脚は 軽くだが開いてしまっており、彼女の股間の割れ目の形がショーツに浮き出て、はっきり と見て取る事ができた。 (い、や……)  自分のこんな姿はもう見たくは無い。そう思っているのに、真由の身体は硬直したよう に脚をあげたまま固まり、瞳も見開いて鏡に映る自分を見つめる。  そしてそのまま動きを止めた彼女に、新たな刺激が加えられた。 (ぁ……コレって……)  その刺激は、彼女の嗅覚から感じ取れた。独特の刺激臭、アンモニアの臭いだ。  今までは、お漏らしのショックや陽に対する怒りの為、この臭いをそれほど意識する事 は無かった。しかしある程度落ち着いた今、彼女の嗅覚は敏感にこの臭いを感じ取った。  もちろん理由はそれだけではない。スカートを脱いだ事で、今までショーツにこもって いた臭いが一気に外部にあふれ、またこの部屋が狭い為、その臭いが充満してしまった事 も原因の一つだ。  しかし、結局このような臭いがする最大の原因は、彼女がお漏らしをしてしまった事で ある。 「っく……ぅ……」  濡れたショーツの冷たさと肌に張り付く不快さを味わってしまう触覚。  鏡に映るオシッコで染まった下着を身に着けた自分を確認してしまう視覚。  まるでこの更衣室が公衆トイレのように思えてくる臭いを感じてしまう嗅覚。  それら五感のうち三つから送られてくる刺激は、彼女にお漏らしをしてしまったという 事実を再認識させるのに充分であった。  一旦は陽への怒りによりお漏らしをしてしまった事への恥ずかしさを忘れていたものの、 今こうしてその事実を突きつけられると、自分の晒してしまった醜態が鮮明に思い出され る。  お漏らしをしてしまった自分に対する悔しさ、恥ずかしさから、再び彼女の瞳に涙が滲 み始める。 「お〜い、ホンマに大丈夫か?なんやさっきから動きが止まってるけど」 「っ、だ、大丈夫よ!」  もう少しで涙が零れ落ちるといった瞬間、再び陽が声をかけてくる。真由はその声を聞 くと、一瞬身体を震わせた後、我に返ったように反応し、手で涙をぬぐってから返事をす る。 「そうか、そら良かった。ほな、がんばって着替えてくれや」 (言われなくても……そうよ、着替え終わったら、警察に連絡する事だってできるんだか ら!)  先ほど声をかけてきた時と変わらぬ明るい調子で話す陽を無視し、真由は視線を落とし、 できるだけ鏡に映った自分を見ないようにしながらスカートを脚から抜く。  そして一刻も早く汚れたショーツを脱ぎたいのだろう。汗で濡れたブラより先に、オシ ッコで濡れたショーツに手をかけ、一気に下ろし始めた。


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