エピローグ


「さて、賭けは俺の勝ちやな」 「ハァ、ハァ。分かってるわよ……」  鳴り響くアラームを止めた陽は、床に座り込みながら衣服と呼吸を整えている真由に話 しかける。自分が負けたという事実を確認させられた彼女は、下の方に向けられていた視 線を立っている陽の方へと上げ、しっかりと見つめながらその事実を受け入れた。 「ほな、賭けの内容は覚えているよな。俺が勝った場合、一つ言う事を聞いてもらうって いうの」 「ええ、覚えているわ」  陽の問いかけに何とか気丈な表情を作ろうと顔を引き締めながら答えるが、先ほどまで 身体を満たしていた淫熱はまだ冷めない。陽を見上げる彼女の瞳にはいまだ熱っぽい物が 残されており、さらにこれから命令される事に対する期待のようなものが込められている。  だが何気ない調子で言われた次の一言で、その期待は裏切られた。 「あれ、特に気にせんでええから」 「……え?」 「いや、今考えてみたら、特にしてほしい事いうのも思い浮かばんし。せやから通報さえ してくれへんかったらそれでええよ。ついでにガンバったご褒美いう事で、他の女の子の 紹介もええわ」 「そ、そんな……」  今までの経緯からして、真由は必ずいやらしい事、例えば今後もここに通うといった事 を求められると予想していた。  彼女はもう自分がいやらしいと認めてしまっており、今後も身体が疼いてしまう可能性 がある事を理解していた。だが自慰すら満足に知らない彼女には、その欲求を満足させる 術は無いといっていい。だからここで陽に命令される事で、それを満たせると思っていた のだ。  しかしその希望は叶えられず、また自分からねだる事も言い出しにくい。かといって、 このような事を他人に相談するわけにもいかない。  再び視線を下げ葛藤を始める彼女を見た陽は、わざとらしく斜め上を見上げるようにし ながら口を開いた。 「あ〜。せやけど、もし君が自分が負けたのに何のペナルティも無い事に納得できんのや ったら、また今度来たってんか」 「えっ?」 「今は君にしてほしい事は思いつかんけど、そのうち思いつくかもしれんからな。せやか ら、その時までこの事は保留っていう事で。もっとも、来た時は来た時でまたイタズラす るかもしれんけどな」  視線を彼女に戻しながらの言葉の真意は、もちろん真由にも分かる。要するに、これか らもここに通い続け、そして今日の様な行為を受け続けろという命令のような物だ。真由 の期待は、ある意味当たっていたのだ。ただそれを、強制ではなくあくまで彼女自身の意 思で行わせるといった違いがあるだけで。  その事が分かっても、もはや彼女に嫌な気は起きない。自分のいやらしさを自覚させら れた彼女にとっては、逆にこれからここに通う事で、自分が味わうであろう恥辱への期待 を感じてしまう。 「まぁ、どうするかは君が決めてくれてええよ。あ、後ちゃんと予約は入れてな」 「……」  ただ、賭けを持ち出されてから今まで自分かれの思うがままに動き、、またこれからの 事も分っていると言わんばかりの表情を浮かべている彼に、単純な悔しさが浮かぶ。だか ら、少しでもいいからその余裕の表情を崩したいという子供じみた考えから、まっすぐに 彼の瞳を見ながら一つの質問をぶつけた。 「……名前は?」 「ん?」 「名前。これからここの常連になるかもしれないんだから、名前くらい教えてくれてもい いんじゃない?」 「……っ、くく、くくく」  真由がした質問は、陽の予想した言葉を言いたくないという最後の意地といったような もので、特に知りたかったわけではない。だが陽の方は、一瞬呆気にとられたような表情 を浮かべた後、先に彼女が脅しを突っぱねた時のような表情となり、のどを鳴らすように して笑っている。  その予想以上の反応に聞いた真由の方が軽い驚きを覚えたが、彼は彼女を見つめながら ゆっくりと笑いを静め、その口を開いた。 「そうかそうか、そうくるか。いや、ホンマにおもろいなぁ、君。ええよ、俺の名前教え たるわ。俺の名前はな――」


<完>