第五話


「それじゃあ新藤さん。質問はこれくらいで終わりにして、次の審査に移るよ。今度はカ メラテストっていうやつだから。まぁさっきの質問も重要だけど、こっちの方が重視され るからガンバってね」 「は、はい。よろしくお願いします」  セクハラ全開の質問がようやく終わり、これから新たな試験、しかも重要だと聞かされ たものに挑む彼女は、表情を引き締め直し頷いてくる。  やる気があるのは結構な事、それじゃあ詳しい内容を教えますか。 「うん、それじゃあテストについて説明するよ。まず、これは写真写りとかじゃなくて、 君がカメラで撮られていても緊張せずにいられるかを調べるんだ。だからプロのカメラマ ンが撮るんじゃなくて、ボクが撮影する事になる。もっとも、君みたいに見られて感じち ゃうんじゃあ厳しいかもしれないけど、そこはやる気でカバーしてね」 「ぁ……」  先ほどしてしまった、自分は見られて感じてしまうという羞恥の告白を思い出したのだ ろう。彼女の顔に動揺が戻る。だが今回は立ち直るまで待ったりはせず、そのまま説明を 続けていく。 「それでテスト方法だけど、今回は一瞬の事じゃなく、君がどれだけ緊張せずにいられる かが知りたいんだ。だから今回のテストはカメラじゃなくて、ビデオで撮らせてもらう。 で、今回のカメラテストで君にしてもらう事だけど……この前送った由香里ちゃんのビデ オはちゃんと見てくれたんだよね?」 「え? は、はい。何度も見ています」 「だったら大丈夫だね。今日はそれを君に演技してもらおうと思っている。もちろん一挙 一動、同じじゃなくていい。むしろアドリブを加えた方がいい結果になる事もあるしね。 説明に関してはこんなところかな。質問はあるかい?」 「いえ、特にはありません」 「そうかい。じゃあ取り敢えず水着に着替えてきてくれるかい。更衣室は、あそこのドア から入った部屋を使っていいから」 「はい、分かりました。……あの」  次の試験の表向きの説明を終え、彼女に行動を促す。  新藤さんはテストについておおまかには理解しているにもかかわらず、どこか不安そう な眼でボクを見ながら何かを問いかけようとしている。  ボクはその内容に気づきながらも、わざと分からないような表情を浮かべた。 「ん? どうかしたのかな。やっぱりまだ分からない所でもあったのかい」 「いえ、テストの事は分かったんですけれど、その、水着はどこに……?」  当然の質問だ。ボクはテストの内容や着替え場所については彼女に教えたが、肝心とも 言える彼女の衣装、水着については一切説明していないのだから。  だがボクは、とぼけるかのような表情を浮かべながら口を開いた。 「水着って……君が持ってきたものを使っていいよ。由香里ちゃんが着ていたのとは違う と思うけど、そんな事ボクは気にしないから」 「あ、そ、その……」  その言葉に、彼女はさらに焦っているように見える。いや、実際焦っているのだろう。 何せボクは今回のテスト内容について、事前には全く知らせていない。と、言う事は…… 「私、水着持ってきていないんですが……」  そう、今回水着審査があるという事すら、彼女には告げていなかったのだ。そんな状態 で水着を持ってくるなど、まず無いだろう。  その事を自分でも理解しつつ、ボクは驚いたそぶりを見せて彼女を責めていく。 「えっ、持ってきてないの!? どうして?」 「だ、だって、水着がいるだなんて知りませんでしたし……」 「それでも、普通こういうオーディションの時には持ってくるものだと思うけど?」 「す、すみません!」  呆れたようなボクの言葉に、彼女は萎縮してしまったかのように頭を下げる。  無論、ボクも本気で呆れているわけではない。ただ彼女を追い詰めるために、必要以上 に冷たい口調になっているだけだ。  しかし、自分がミスをしたと思い込んでしまった彼女は、そんな事にも気がつかない。 それを確認し、さらに彼女を追い詰める。 「ふぅ、まぁ忘れたんじゃあ仕方ないか。このテストは中止だね。その分評価はきつくな ると思うけど、覚悟はしといてね」 「そ、そんな……。あの、なんとかなりませんか……?」  今までの面接でも、決して好印象ではなかったと自覚しているであろう彼女は、評価が 厳しくなるという言葉に、顔を蒼白にしてしまう。そして必死の表情でボクに懇願してく る。それが、ボクの望んでいる事だとも気付かずに。 「そうは言っても、君が水着を持ってきてると思ってたから、こっちも何も用意していな いからねぇ」 「そ、それでも……お願いですっ、テストしてください! どんなテストでも構いません から!」  最後の望みをつなごうと、彼女は身を乗り出して頼み込んでくる。ボクは彼女の言葉に、 心の中で会心の笑みを浮かべながらも顔にはそれを一切出さず、逆に困ったような、悩ん でいるような顔をする。 「う〜ん、どんなテストでもねぇ。一つ、案が無いわけでもないんだけれど……」 「本当ですか!? お願いします、そのテスト受けさせてください!」 「……でも、きついと思うよ?」 「それは分かっています。でも、私精一杯ガンバりますから」  ようやく一縷の望みを見つけた彼女に、ボクは仕方ないといった感じでテストの説明を 始めた。 「分かった。とりあえず、どんなテストをしてもらうか説明するよ。まず、あのビデオで の由香里ちゃんの水着がどんなのかは覚えているよね」 「は、はい。確か、白のビキニだったと思います」 「そう。まぁ今回色は関係ないけど、ビキニだった。で、今回君も、それと似たような衣 装をここに持ってきている」 「え? でも、私水着持ってきてないんですけど……」  まだボクの求めている事を理解していないんだろう。全く分かっていないといった表情 の彼女に、とどめのような言葉を放った。 「そう、それは水着じゃない。あ、それとボクの方にも語弊があったね。君はそれを持っ てきたんじゃない、着てきたんだ。そして今もそれを身につけている」 「ま、まさかそれって……」 「そう、君の下着……正確にはショーツとブラだよ」 「っ!」  ようやくテストの内容を理解した彼女は息を飲み、一瞬で顔を真っ赤にする。だがそん な様子は気にせず、ボクは言葉を続けていく。 「だから言ったろう、きついって。要するに君に下着姿で演技してもらって、それをビデ オで撮影するわけなんだから。ボクは男だけど、それがどれだけ恥ずかしいか位は分かる。 でも他の方法は思いつかないけど、さすがに気は進まない。だけど、君がこの方法でテス トしてほしいって言うんだったら、ボクはテストしてあげてもいいよ」 「……」  ハレンチ極まりないテスト内容を耳にした彼女は、一層顔を赤らめ俯いてしまう。だが その表情に諦めは無い。羞恥心と、秋月 由香里のそばにいたいという想いが葛藤しあって いるようだ。  確かに男の前で下着姿となり、大胆に演技するさまを撮影される事は、いくら口では分 かると言っても、男のボクには理解できないほど恥ずかしい事だろう。  だがここで止めてしまっては、先ほどのセクハラ面接が全くの無意味となってしまう。  アレもこのテストほどでは無いにしろ、充分過ぎるほど恥ずかしかったに違いない。そ れに最後まで答えきり、しかも合格への可能性が示されているのに挑戦する事無く落ちて しまったのでは、彼女も後悔するだろう。    こんなテストは受けたくない、でも受けなくては全てが無駄になる。  そんな両極端の思考に支配されている彼女の背中を押すべく、ボクは少しイラついたよ うに声を出す。 「で、どうするの、受ける? 受けない? 次の娘の審査もあるから早めに決めてね」 「そ、その……」 「……」  焦る彼女とは対照的に、ボクは無言で彼女に決断を迫る。  もう興味は無いという様な僕の視線に、彼女のかわいらしい顔が歪む。そして数秒で最 後の迷いを断ち切り、少女は本当に小さな声で恥辱への扉を開き始めた。 「……テストしてください」  彼女にとって、その言葉はまさに血を吐くような思いで口にしたのだろう。これで十七 歳の少女は、生まれて初めて異姓の前で下着姿を晒す事が決定したのだから。  それでもボクはつまらなそうな表情を保ちながら、彼女にさらに恥ずかしい言葉を言わ せるべく、冷酷に言葉を続ける。 「君は水着を忘れたんだよね? それでどうやってテストするの?」 「うっ……わ、私、下着姿で演技しますから、それで審査してください……うぅ……」 「……ふぅ、分かったよ」  年頃の女の子にとって、想像すらしたくないであろう行為のおねだり。まだ涙こそ流れ ていないものの、彼女の表情は泣いているといっていいものである。それでも視線をそら さずにボクの方を見続けているのはたいしたものだ。  だからボクも、思わずこぼれそうになる笑みを抑えながら、彼女にとって一世一代のテ ストの受験を了承した。


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