格安の代償7


「いやあああーーーっ!!」
…ぐぎゅ…ぎゅるる…
恭子はまた一度大きく叫んだ。そのせいかわからないが腹部で鈍い音がした。
外に出たこともあるがそれ以上、なぜか思った以上にそこを広く感じた。そしてまた、必要以上に眩しかった。
ドアを閉める音がした。男達が群集にまぎれて輪は完全に閉じられ、恭子は逃げ場を失った。
「…や…?…いや…」
後方から全裸の男達が進んできた。
「やっ…やめ…て…」
触られたくない。しかし早速とばかりに輪は縮まってくる。追い立てられるように恭子は円の中心へよろよろと逃げていった。
「…あ…あ…」
胸をかばい屈み気味で進みながら恭子は地面を見た。アスファルトは途中までだった。入ったときに見た、あったはずの鉄の板が取り払われていた。
(落ちるっ…)
改めて恭子は全体を見た。地面はあった。鉄板の代わりにあったのは、大きな透明板だった。
(…なに…なに…これ…)
広場全体に大きな地下室があったわけだ。その屋根として地面に巨大な透明版が張られている。やたら広く感じたのはこのせいだ。どこまであるのかわからぬほどすごく広大な地下室だ。なぜか底がないのだ。
(…はっ…)
後ろに体温と気配が近づいていた。前に地面はある。選択肢はなかった。恭子は足を透明板の上に踏み出した。
「ひっ!」
下にそれが現れた。人だ。恭子は騙し絵の中に入ったような錯覚を覚えた。その足は自分と同じ動きをしていた。恭子は理解した。地下室が広いわけではない。その全床壁面が鏡で出来ているのだ。
「いっ…いっいっ!…」
全身がこわばって声も出せない。足がガクガクとうなる。下には、逆に真下から見上げられた自分自身がいる。
(…た…助けて…)
動くことは出来そうもなかった。しかし下の鏡は後ろから来る男達も写していた。恭子は自分が追い立てられていることを強く感じた。
「…あ…」
必死で足を前へ踏み出す。恭子はなるべく足を閉じ合わせながら歩を進めた。輪が縮まったので周りの男達も鏡の中に入った。男達は全員揃って下を向いていた。その視線の先が見ている気がする。実は下着には一部分切り取られた穴が空いていることを。動いてるからわからないだろうか、いや動いてるからこそわかるだろうか。
(…い…いや…いや…)
気をつけてゆっくりとなった動きにわざと合わせて男達は近づいてくる。全員が勃起していた。恭子はしだいに股間に粘り気を感じていた。
「あっ…」
男が一人飛び出し恭子の腕を掴んで止めた。顔を上げると目の前には柱があった。男の手はどうやらぶつかるのを防いでくれたらしい。焦点が合わせづらかったが細い柱は床と同じ素材で透明だった。いや、正確に言えばそれは柱というより棒であった。足元から生えたそれはただの直立ではなく、前方に大きなフックのようにカーブを描いており、1Mほど根元から離れ、また空中に1Mほど浮いたところで、そこからまた下方に一本の棒として下がっていた。そしてその棒はまたもこちら側に緩くカーブを描きながら、やがてまた垂直になり、そして地面に着いてない。垂直に浮いているところは棒でなく30CM幅ぐらいの板になっていた。おそらくそれを遠くから支えるためにこれはこちらの足元から生えている。丁度柄の曲がった大きなさかさまの羽子板を空中に吊るすための形状だ。
…グルルルル…
「…急いだほうがいいな…」
「…だ…だめっ…あっ…」
便意を堪えるために恭子は少し屈んで動きを止めた。恭子は思った。もしかしたら外の男達は、恭子が中でなにをされたか知らないのかもしれない。知ればさすがに引くだろう。しかしどう告げていいかわからないまま掴んだ手は恭子を引っ張った。
「…あ…あのっ…じつはっ…」
一斉に男達が動き出した。男達は恭子を垂直の棒のところまで引きずっていく。ここら辺から先は地面に無数の小さな穴が開いているのを足で感じ取った。
「あっ…あたしっ…なかで…」
「なかで?なにかあったのか?んー?」
男達は恭子の後ろ手を解いた。許してくれると思ったのもつかの間、両手は上に持ち上げられた。そして首に、手首にベルトが掛けられる。男達は棒の前に恭子を立たせ、両手を後ろに組ませた。首と手の間にはさきほどの浮いた軸があった。しかし首と両手は別々にされている。首のリングは棒に通され上下自由、しかし両手はこの位置に固定である。そのことはまだ恭子は知らない。別々かどうかなど関係ない状況だ。
「なっ!なにをっ!トイっ…!…」
(…え?…)
叫んでる途中で様子が変わったことに気づいた。自分の声があまりに大きい。
「…な…」
つぶやいた声があたりに響いた。首輪にはマイクが仕掛けられていた。群集輪の外にあるはずのこちらからかすかに見えるスピーカーが音声を増幅していた。
「…え?…ごくっ…」
息を飲み込む音さえ大きくなっていた。恭子は声を出すに出せなくなった。
男達が離れると恭子は棒立ちの状態である。両手と首はそんなに動けないわけではない。棒が通してあるだけなので、横前後に動けないだけで上下は自由なのだ。それでも動くわけにはいかなかった。上に行くことはもちろん無駄なだけだし、下に行くということはしゃがむことである。たとえ足を閉じたままでもしゃがめば、見える。結局動けなかった。
「どっかへ行きたいのか?」
「…あ…」
言葉が出ない。しかし便意は確実に迫っていた。
「…よいしょ…」
ぐぐっと背中が押された。棒が後ろから水平に押してくる。
このスタンドは移動ができた。足元はかなり重く出来ているが油圧式になっているのでペダルを踏んで浮かしさえすれば一人でも転がせる。
…きゅるるる…
「…あ…だめ…」
恭子は強い便意を感じた。それにかまわず柱が身体を押してくる。足を細かく前に出しながら恭子は下を見た。地面がU字型に割れていた。このまま行けば足を開くしかない。
「いやっ待ってっ…止めてっ…」
後方からの力は止まらなかった。恭子は片方に足を揃えようとした。しかしそれでは身体が斜めになる。首に重みがかかりあまりに無理な体勢になった。
「あっ!あっ!…ああっ!」
よろめきながらタンッと足を着き、恭子の股が開いた。
「いっ、いやあっ!いやああっ!」
増幅された恭子自身の声が周囲に轟く。もう体勢はそれしかとれない。そこには肩幅ほどに大きく股を広げて覗き込むように叫んでいる自分が写っていた。前に長く伸びた溝は下が球面になっていないため像が歪まずはっきりと見えた。そして下着の穴がくっきりと見えた。
「段取りうまく出来たな、完璧だ。」
聞き覚えのある声に恭子は顔を上げた。少し離れた輪の中央に槍杉が腕組みをして立っていた。
「やっ槍杉さんっ、助けて、たすけてっ」
懇願しながらそれは無駄なことと知った。その槍杉も全裸だったからだ。
「どうだ恭子、こんな大勢に裸を見られるのは初めてか。」
「やめてえっ!こんなの聞いてないっ、やめてくださいっ!やめっ…」
…ゴロロロ…
「…くっ…」
恭子は身体をこわばらせ固く力を絞った。また背中のものは恭子を少しだけ前へ押しやった。進んだ足元に地面に生えた透明のリングが見えた。そして男達が恭子の足首にベルトを巻く。
「…な…なに…ぃっ…」
足を少し前に引っ張られそのベルトがリングに固定された。恭子は後ろの板に重心を預ける形となった。
「なにっ…するのっ…ちがっ…ちがうっ」
「なにが違うんだ?」
槍杉が問い返した。
「ほどい…て…いまあたし…そんな場合じゃ…ないん…です…」
「ほう、どんな場合だ。」
ゴロロッ!…
大きな波が来た。なににもかまっていられる状態ではなかった。
「といっ、トイレえぇっ!もうだめっ!戻ってきますからっ!ほどいてぇっ!」
「わかってるさ、だから連れてきたんじゃないか。」
「そういうことじゃなくってっ!でないとあたっ!…え?…」
「…ココがトイレさ…」
さあっと全身から血の気が引いた。槍杉の言っている意味がすぐにはつかめなかった。
「…ぃ…ぃゃぁぁぁ…」
そして恭子は顔を上げた。周囲には大勢の全裸の男達。その真ん中にいる自分を皆が見つめている。そして我慢している恭子に、この場所がトイレだという。恭子はブルブル震えながら息を大きく吸った。
「イヤアアーーーーッ!!!」
キイィーーンッ…
「うわっ!」
「ボリューム、ボリュームっ!さげさげっ!」
「この音だめだ俺っ!」
あらん限りの声を発したためにPAがハウリングを起こした。一斉に一同が動き出し、あたりはざわめいた。
「ようしっ時間がないぞっ、下げろっ。」
槍杉の掛け声で、さっき足首をいじった男達が今度は膝にベルトを巻きつけた。
「いやあっ!いやあっ!いやあっ!」
声の増幅がある程度まで下げられたのがわかった。しかしいまはそんなことを気にしていられない。なりふりかまっていられる余裕などもうなかった。外気の冷たい風が恭子の腹部を十分に冷やしている。
…グンッ…
「くあっ!…」
付けられたロープに膝が少しだけ前へ引っ張られ、背中が後ろへ落ちた。膝で保っていた分の体重が背中へのしかかってくる。屈めればいいのだが首輪が棒から離れないのでそれも無理だ。そしてもう引っ張られてなくとも恭子には膝を元に戻すだけの体力が残っていなかった。
「…あ…だ…だめ…」
「恭子はいつも立ったままでしてるのか?しゃがむのが普通だろ?」
「…い…いや…いや…」
…ズズズ…
とうとう首と手が離れた。恭子がもう立ち上がれないことを確認した槍杉が指を鳴らした。前にいた分の群衆が一斉に後ろを向いてドドッと走り出した。
「それ行けっ、転ぶなよぉ。」
大きなアクリル地の遠く、両横脇に階段があった。男達はそこからぞろぞろと地下へ潜っていく。
「…ひ…ひ…」
底は一面の鏡、人数を倍以上に映す。すぐに何人入ったかわからなくなるほど恭子の目には男達の数が一挙に増した。
…ガクッガクッ…ズズ…
無数の男達がこちらに押し寄せてくる。
「こっ来ないでっ!」
わらわらと人は集まってきた。足元の真下を中心に頭の数が増えていく。地下室の深さが男達の背丈ちょうどぐらいであることを恭子は知った。10CMと離れてない。アクリルの地面一枚挟んで皆が上を向いている。股の間の溝の下にも顔が並んだ。
「ああっ!ああっ!」
「押さないでください押さないでください!」
「おまえ背中にかけるなよぉ」
「自信がなーい。」
まるで下はラッシュ時の満員電車のようだ。顔という顔が一面を埋め尽くしている。恭子は気が狂いそうになった。男達が望んでるのはただの自分ではないからだ。
「…たすけ…て…ぅ…うっ!」
…ずずず…
中腰のままでは押し寄せてくる波を抑え切れなかった。背中で体勢のほとんどを支えているがそのアクリル板も汗で摩擦が弱くなりつつある。どこか落ち着いた姿勢を取らなければ堪えきれない。美香は膝を震わせながらその果てしない重力に捕らわれていった。
…ずず…ずる…
「…う…や…やっ…」
手は上に括り付けられているためそこからは降りてこなかった。そして首は柱から離れない。恭子は胸を張って、手を上に残しながらしゃがんでいった。
(…みっみえるっ…見られるっ…)
柱がカーブを描いているため途中、美香は顔を上に向け仰け反ることとなったが、それは下がると共に戻り、同時に恭子はしゃがみきった。
男達に遮られ鏡がそこを映すことはなかったが、下着の穴を見られているのは明白だった。膝を必死でなるべく閉じようとしてはいるが足元が閉じれない状態では空しい抵抗に過ぎない。男達はその涙ぐましい抵抗をも楽しんでいた。
「…いやあああ…やめてええ…」
そしてかけられたロープが膝を左右に開いた。ロープの先は前方の地面にぴんと張られ固定される。これで恭子は膝にも体重をあずけることが出来、腰を幾分前方に引っ張られ姿勢と共に楽になった。とはいっても、いっぱいに伸びた両手と膝の二点で身体を支えているに過ぎなく、腰は不安定なままだ。板は背中途中で終わっている。しゃがみきっても尻に重心はない。男達の目的は尻を地面に着かせないことだった。
とにかく恭子はもうこの姿勢から動くことは出来なくなった。股をめいいっぱいに開かされて破損した下着に覆われた下半身をこれ以上なくさらけだしていた。
「…おねがいぃ…ゆるしてぇ…」
「これじゃ自分がどんなになってるか見えないよなぁ。どれ。」
いつのまにか槍杉がすぐ横にきていた。恭子がしゃがんでいる下になにかを置いた。
「ちょ、ちょっと槍杉さん、俺の顔の上に置かないでよー、見えないよー。」
「え?ああ…こ、こう?」
「だめだめっ俺が見えないっ」
「じゃ…あいだに…と、どうだ?」
「なんとか。」
「なんとか。」
「わがままだなー。と、スイッチ…は…これか。」
途端に景色に変化があり恭子はそのほうを見た。スクリーンだった。前方離れたところにある巨大スクリーンだ。画面のほとんどが肌、布には穴が空いていた。
「!!!…ぁ…」
あまりのことに声も出なかった。巨大スクリーンに映し出される股間のアップ。下着の穴ですぼまりがヒクッと動いた。
「下着のままってのも行儀が悪いなぁ。」
シャキッ…シャキッ…
「いやっ!それだけはっ!」
音が近づいてくる。
「あ…やめ…やめ…」
切られる。自分を守ってくれる最後のものが払われようとしている。予想はしてても受け入れられるはずがなかった。下半身の筋肉がぴくぴくと揺れる。身体を揺り動かすことも出来ない。そして腰の脇に冷たいものがあたった。
…ショキッ…
「ヤァッ!」
そして反対側にもショキッと音がしてスクリーンの中で布が揺れた。そしてその布地の色が去っていく。一旦ぼやけたピントがすぐに修正され、あとにはなにも着けない丸裸の股間が現れた。
「おおっ!…」
下にいる男達が一斉にどよめいた。目をらんらんと輝かせている。
「イヤーーーーッ!!!」
「ピ、ピンク色だ…」
「イヤッ!みないでっ!みないでぇ!」
「アナルも黒ずんでないぞ…」
「すげぇ…バージンってこんななのか…」
「イヤーーーーッ!みちゃいやあっ!イヤアッ!」
ボリュームが絞られてはいるものの、増幅された声がエコーのように辺りに響いた。その脇で槍杉がたんたんと続ける。
「間に合ったな、これを着けなきゃ。」
前にかざされたものの、恭子にはその小さいものがなんだかわからなかった。スクリーンと真下への目線の応酬で、たとえこんな目にあってなくともわからない。焦点がやっと合うと、見たことのないものがテープに着いていた。槍杉の手は下に伸びていった。
(…さ…さわら…れっ…)
しかし手は股間を通り過ぎた。それは尻たぶの所に貼り付けられた。
「よーし、いいぞぉ。」
…ボッ…ーーーゥゥウウゥゥーーー…ゴッ…
槍杉の大きな声と共にスピーカーが跳ねた。すぐにハウリングを起こし、調整された音量に落ち着いた。
「…あ…?…?…」
声の音量はそのままだ。いまの異変でなにが起こったのかわからなかった。
…ゴロ…
「!!…」
…ゴロロロロロ…
「!!!!!!…」
それは自分が出してるおなかの音だった。
「他の音が入らない、極指向性のマイクだ。恭子の音だけが全部聞こえるぞ。」
…クキュゥゥゥ…ゴゴゴロロロロロ…
「イヤアッ!やめてくださいっ!そんなっそんなっ…アアッ!」
恭子は力の限り叫んだ。声よりもそっちの音のほうが遥かに大きく、かき消すことは出来なかった。





…ググゥゥンン…


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