第10話「恥辱の非常階段」


 全裸のままで非常階段に出てしまった結樹子。  いち早く、ビルの中に入りたいところだが、ある事情でここから離れる ことが出来なくなってしまった。  何人かの男子社員が3階の非常口に向かっており、会話の内容からする と一服吸うために出ようとしていた。 (ど・どうしよ..上に登って逃げたとしても、下から覗かれたら見つ かってしまうわ)  そう、鉄骨で作られた階段なので、段ごとに隙間があり、上に誰か居 るのか下から覗けばすぐに分かるようになっていた。 (ぁぁ..鍵は内鍵だから、外から掛けられないし、どうしたら..)  わずかな時間で必死に考える結樹子はドアノブを回せないように外から 両手でがっちり掴むことにした。  しかし、これは外から誰か開かない風にしてますよって言ってるような ものであり、不信を感じた男子社員が強引に開けたり、別の階から来る恐 れが出てしまうのだ。  それを承知で結樹子はこの方法にかけるしかなかった。願わくは素直に 立ち去って欲しいと必死に願ったのであった。  そして、1人の男子社員が何も知らずにドアノブに手をかけてきた。 「ん?なんだ?ドアノブが回らねーぞ。どういうことだ?」 (ああぁっ..どうか気づかないでぇぇぇーーー) 「ちょっと貸してみろよ。うん?何だ。本当にドアノブが回らねーな..」 「もしかして内鍵がかかってるんじゃねーか?」「いや、鍵は開いてるぞ」 「大体、鍵に関係なくドアノブは回るもんだろ?」「そりゃそうだな..」  男子社員たちが少しずつ疑問を感じてくる中、結樹子はひたすら気づか ないことを願うしかなかった。 (おねがい..気づかないで..このまま立ち去ってぇぇー)  何度も何度も必死に願う結樹子の気持ちが伝わったのだか、男子社員の 1人であった亀見(かめみ)が救いの言葉を出してきた。 「そのドアノブ、錆びてんだよ。非常口なんか普段使んねーだろ?」 「そういうことか..なるほどな」「確かにこのドア古いからな〜」 (良かったぁ〜。そ・そうよ。錆びてるんだから諦めて!) 「しかし、一服してーよな」「ああ、どうする?他の階に行くか?」  ビクッ(だ・だめぇぇーー、他の階も行かないでぇぇー)  せっかく、難を逃れても他の階の非常口に出られたらおしまいとなり、 依然として危機がなくならない状況だったが、またしても亀見が上手いこ とを言ってきた。 「廊下は禁煙じゃないから、ここで吸いましょうよ。誰か来たら強引に非 常口を開けて出れば済むことだし」 「亀見の言うとおりだな。10分ぐらいならここで吸っても大丈夫そうだな」 「ああ、最悪の時はみんなで一斉に非常口を開けるとするか」 「じゃあ、そういうことで早く吸いましょうよ〜」  亀見の提案で今すぐに非常口を開けられることがなくなり、少し安心し た結樹子だが、ドアノブから両手を放すことは出来なくなってしまった。  もし手を放した途端にドアを開けられたら一巻の終わりなので、亀見た ちが一服して立ち去るのをじっと我慢するしかなかったのだ。  ただ、これは結樹子にとって大変な屈辱なものとなってしまう。  何故なら、今の結樹子は素っ裸で後ろ手で両手を縛られており、その両 手でドアノブを必死に押さえてるので恥部は一切隠せないままで、前姿を 外に向けて立っていることになるのだ。 (ああぁっ..これじゃ見せ付けて立っているようだわぁ..)  そう、はたから見れば後ろ手で両手を縛られてることやドアノブを押さ えてることなど分かるはずはない。  おそらく、露出狂の女性が裸を見せたくて非常階段に立っているように しか見えないのであった。  何せ、目の前には高架線があり、そこを電車が通り過ぎるから、これは 明らかな露出行為であろう。  さらにはこの3階の位置は高架線の上を走る電車の車内から真正面に見 える上に、この先に急な曲がり角があるせいで、ここを通る時は必ず減速 してくる。  そんな関係からか、ここは絶好の広告ポイントであり、結樹子が立って るドアや周りには普段から広告がいっぱい飾っているぐらいだ。  もし、ここを電車が通ってしまうと、結樹子の裸は窓の外を見ている乗 客に丸見えとなるであろう。  願わくは亀見たちが一服を終えるまで電車がこないで欲しい。  いや、もし最悪、電車が来たとしても今が13時台であることから、乗客 がほとんど乗ってないだろう。  その辺りは結樹子も理解しており、電車が通ることよりも、むしろ通行 人に見つからないことを心配していた。 (電車はこの時間帯、本数が少ないから一服吸い終わるまで来ることはな いわっ)  そう思っていた結樹子だったが、こういう時に限って、とんでもないハ プニングが起こるのであった。  1分後、結樹子の耳に恐れていた大きな音が聞こえてくる。 (ぁぁっ..来たわ..お願い、誰も乗ってませんように..)  これから来る電車は結樹子の間近を通りすぎる登りの電車であり、結樹 子が立っている手前で、先の曲がり角を曲がるために減速してきた。 (どうか..誰もこっちを見てませんように..)  電車が来ても一切隠すことが出来ない結樹子はただ、誰も乗っていない ことだけを祈るしかなかった。  しかし、ここで信じられない光景が結樹子の眼前に入ってきた。 (!!な・なんでっ!ま・満員なのっっ!)  普段ならこの時間に走る電車の車内は数人が乗る程度のガラガラ状態な のに今日に限って学生が大勢乗っていたのだ。 「おおっ!見ろよ。素っ裸の女が立ってるぜ!」「すげぇー露出狂だぞ」 「誰か写メしろよっ!」「おっぱいやおま●こが丸出しだぁー」  結樹子の全裸姿を見た車内は騒然となり、男子たちが我先にと窓に張り 付いて見てきた。  もちろん、電車が走ってる以上、ずっと晒されるわけではないが、結樹 子にとってはかなりショックが大きいものになってしまった。 (なんでっ!なんで、通勤じゃないのにあんなに乗ってるの?わからないっ、 わけわからないよっ!)  学生が大勢乗っていた理由..それは単純なものであり、この辺りの学 校が午前中で終わったからであり、春先にはいろんな学校行事でこういう 日が多くあり、不運なことにそれが偶然に重なっただけであった。  わずかの時間であったが結樹子の裸は多くの学生に見られてしまい、ま さに不運としか言えないのだが..不運はこれで終わったわけでない。  何と1分も経たない内に次の登りの電車が来る音が聞こえてきた。 (ど・どういうこと?この時間帯は3・4本しか来ないはずよっ!)  一体何が起こったがわからなくなった結樹子にドアの向こうで一服して いる亀見が偶然にもその答えを言ってきたのだ。 「そういえば、さっき電車の運行が再開したみたいですね〜」 「そうなのか?良かったよ。ずっと止まったままだと帰れねーからな」 「けど待ってる奴は不運だよな。今日なんか学校半日だろ?学生連中が足 止めをくらってるってことか」 「そうみたいですね〜。あちこちの駅で止まっていたようなので、次々と 来るんじゃないっすか」 (う・うそっ..電車が止まっていたなんて..じゃあ、さっきのは最初 の電車ってことなの..)  衝撃な真実に愕然とする結樹子だが、電車は非情なぐらいに次々と通り 過ぎていこうとしていたのであった。  結樹子が裸を晒すことから逃れられない中、これからここを通り過ぎよ うとする数本の電車の車内では学生たちが苛立っていた。 「何だよっ!このノロノロ運転はっ!ようやく動いたと思ったらこれかよ」 「三輪車じゃねーんだぞ!ふざけてるぜ。このスピードはっ!」 「せっかく午前で終わったのにこんな目に遭うとはな..最悪だよ」 「ああっ、こんな電車乗らなきゃ良かったぜ。ちくしょぉぉーー!!」  この辺りの学校が男子校が多いせいか、男子学生ばっかりのむさ苦しい 車内は男子たちのストレスが溜まる一方であった。  イライラが限界まできて、誰もがキレそうになっていたが、結樹子ポイ ントを通ると一気にストレスは吹っ飛び、車内は歓喜の声で溢れかえって いた。  まるで結樹子が電車が遅延したお詫びで裸を見せている感じになってき てるようであった。    わずか10分の間に、結樹子の目の前を通り過ぎた電車は5本にも及んだ。  5本目の電車の際は、初めから窓側で携帯の写メを撮る準備をしている 男子が大勢いたらしく、どうやら先の電車に乗った学生が知らせてきたの であろう。  こうして多くの学生に裸を晒してしまった結樹子だが、たった1つだけ の救いはあり、通り過ぎた電車の次の駅がかなりの距離があるため、降り た学生が直接、結樹子がいるビルまで来れなかったことだった。  が、これだけの人数に見られてしまった以上、後日には結樹子のことが あちこちで話題になったらしく、某スクープ雑誌には「○×線事故遅延、 お詫びヌード現る」とのタイトルで目線隠しされた結樹子の素っ裸カラー 写真が掲載されてしまったらしい。    結樹子もこれほどまでの恥辱な目に遭うとは思わず、5本の電車が通り すぎた直後はショックでドアノブから手を放して、その場にひざをついて いた。 (ぁぁっ..私の裸って何人..いや何十人に見られたの?もうおしまい だわ..)  ほんの数分だったとしても多くの人に見られたことに愕然としてしまい、 もうドアを開けられてもいいとも思っていた。  だが、その頃には亀見たちは一服を終えて、職場に戻ったらしく、結局 はドアを開けられることはなく、結樹子の行為は無駄に終わったことにな る。 (もういいわ..見つかってもいいから、このドアからいこう..)  少し自暴自棄になった結樹子がドアを開けて入ろうとしたら、何故かド アが開かない。  ガチャガチャ!「うそっ..鍵をかけたの?」  何と亀見たちが内鍵をかけてしまい、今までは誰も外に出ないようにし ていた結樹子が中に入ることが出来なくなった。 (仕方ないわ..他の非常階段からいくしかないのね..)  いつまでも裸で外に居たくない結樹子は急いで2階に降りてドアを開け ようとしたが、ここも鍵がかかっており、危険を承知して1階まで降りて いった。  ガチャガチャ..(ここも鍵がかかってるの..)  1階から3階まで鍵がかかってビルの中に入ることが出来なくなった結樹 子には2つの選択しか残ってなかった。  1つはこのまま非常階段から出てビルの正面か、裏口の社員専用口から 入る方法だが、正面も裏口も警備員が居るので無理な話かも知れない。  もう1つは、このまま3階より上の非常階段のドアを1つずつ試してみ るしかなく、全てがダメだった場合、徒労に終わることになる。 (けど..裸で非常階段から出るわけにはいかないわ..一か八か登って みるしかないのね)  恥ずかしさを我慢して結樹子は急いで非常階段を登っていき、1つずつ ドアが開くことを祈って試していった。  もし遠くからこれを見ていた人がいたとしたら、裸で締め出された女性 が必死にビルの中に入ろうとしているように見えるが、少し滑稽なのは後 ろ手で縛られているのでドアを開閉を確認する際は前姿を外に向けてする しかないところであった。  さらには上に登れば登るほど、結樹子の裸は広範囲で見えることになり、 見つかって大騒ぎになる危険がずっと高くなるのだ。  それでも上の階に行くしかない結樹子がどんどん登っていき、ついには 屋上手前の12階まで裸で行く羽目になった。  だが、幸運なことに最後の12階のドアには内鍵がかかっておらず、よう やく中に入ることが出来た。  しかし後で考えてみると、これは作為的なものがあり、誰かが結樹子を 12階まで誘導したのかも知れない。  ただ、徒労に終わらずに済んだ結樹子はそれに気づくことなく、ビルの 中に入れたことにホッとしていた。  運が良いことに階段には誰もおらず、人の気配に注意しつつも急いでか け下りていく結樹子。  もし、こんな姿を誰かに見られたら何もいい訳など出来ないだろう。 (・・・不思議だわ..こんなに誰とも会わないなんて..わ・私が裸で 階段を下りているのに..)  結樹子は何故か物足りなさを感じ始めていた..  その物足りなさが自然に股を大きく開かせて歩いている。  こんな大胆な姿を何の命令もないのに自分からやってきたのだ。 (・・・ど・どうして?こんなに股を開いて歩いてるの?)  結樹子は脚を閉じようと身体に命令するが、身体が言う事をきかない..  先ほどの恥ずかしい出来事の連続で理性が狂いはじめてきたらしい。 (・・・誰かに見つかって欲しい? 私のこの淫らな身体を見て欲しい?)  今の結樹子はまるで淫女のように変わりつつあり、人の気配があっても そのまま普通に下りて、裸を晒してしまうかも知れない。  今の自分なら、このままで外に出れと言われれば素直にビルから出てし まうかも..  そう、今の結樹子はどこか狂い始めていた。  恥かしくなればなるほど身体が燃えはじめ、強い快感となって返ってく るのだ。  早く..花見がきて欲しい..私を早く晒してほしい..    結樹子はいつの間に花見を楽しみに思い始めていた。  花見で自分がどれだけ屈辱的で恥辱な目にあうのを知りながらもそれを 望みはじめている。 (・・・どうして?こ・こんなに恥かしいのに..もっと恥かしい目にあ うと言うのに 私..期待している?うそよ!こんなの私じゃない..私 じゃ..)  最後の葛藤をする結樹子だが、これが無駄な抵抗なのが自分自身わかり 始めて来た。  手を自由にさせてくれればこの欲情を発散させることも出来るだろう。  発散しなければ、このままズルズルと恥辱の罠にはまっていってしまう。  けど、もう遅かったかも知れない。  気が付くとすでに目の前には花見の準備室が見えていた。  結局、結樹子はここまで人を避けてきたのではなく、人に見られること を期待して来てしまったのであった。


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