第1話「裸婦画」


”デッサン題材くじ”  それはある時から始まったこの高校にだけ行われる行事みたいなものだ った。美術の授業で行うデッサン題材を毎回、女子たちで決めるという事 だ。  何故、女子たちでなのかって言うのは男子たちが混じると、下品な題材 を出してくるからである。  この高校では美術授業の前に家庭科と技術科で男女別々になるので、女 子たちが家庭科の授業のときに題材を決めていた。  公平にするよう、題材決めはくじで行うことになっており、女子たちが 書いたくじをクラス副委員長が代表で引き題材にしていた。  そして、くじの内容は後で全て公開するので周りに迷惑をかけるものを 書けない配慮もされている。  けれど、2学期になってからは、この仕組みを逆手に男子たちをからか ってやろうという提案が1年2組で始まった。  それは、男子たちが喜びそうな題材をわざと書いて、淡い期待を抱かせ ることだった。  絶対に引かれないことを前提に女子たちが順番で、自分のくじに「私の 裸婦画」を題材として書いていく。  もちろん男子たちも、最初は本気で喜ぶが、女子たちがからかっている のを薄々気づいていくだろう。  が、男の悲しいサガで「いつか本当にあるかも」「間違えて引くのもあ るかも」と心の奥底で願っていた。  一方、くじが外れるのが当たり前になっていくと女子たちも、順番が回 ってきてもあっさりと裸婦画希望と書いてしまうようになった。  それが、ある女子を嵌める用意周到に練られた罠であるとは誰が思うの だろう。  その時がついに来た。  家庭科の授業。女子たちが和気藹々と料理を作る中、副委員長がいつも のように白紙のデッサン題材くじを皆に手渡してくる。 「みんな〜、今日もさっさと書いて私に渡してちょうだいね。あっ、今回 の当番は..橋野さんでいいんだよね?」 「はい。今回は私で問題ありません」 「それじゃ、書いたらいつもの宣言もしてちょうだい」 「はい」  橋野 菜由子(はしの なゆこ)が何のためらいも無く、くじに”私、 橋野の裸婦画を希望します”と書いて委員長に渡した。  この絶対引かれないくじを書いた女子が、”いつもの宣言”を行うこと が決まっており、菜由子も教壇に立って皆に向ってこう言ってきた。 「この”デッサン題材くじ”は、毎回一発引きであり、やり直しが無いこ とを私、橋野 菜由子も含め、皆もここで宣言します。反対の方は挙手願 います」  もちろん、毎回やっている宣言なので誰も手をあげなかった。 「挙手無しということで、このくじで引かれたものは絶対に行うことを皆 で誓います。もちろん、この私、橋野 菜由子も自分のくじが引かれたら 必ず行うことを誓いますっ」 「橋野さん、御苦労様〜。じゃあ私はくじ箱を教室に取りに行くわね」 「えっ?もう取りに行くの?」「もう料理作ったし、今日はさっさとくじ 引いて早めに切上げましょう」「・・・・・・」  副委員長の佐賀麻央が女子2人を連れて、くじ箱を取りに教室へ向うが 途中の廊下で麻央が腹を押さえて爆笑した。 「ぷぷっ!ふふふ〜あはははははは〜、は・腹がよじれちゃう〜」 「麻央っ!ここで爆笑はまずいっしょ」 「あはははははは..ご、ごめん、淳子、つい堪えきれなくて..あの橋 野が堂々と恥ずかしい宣言するなんて..ぷぷぷ」 「んもぉ〜、しっかりしてよ。本番はここからでしょ?」 「京香、仕掛けの方はバッチシなんでしょうね?」 「もちろんっ、絶対に菜由子のくじが引くようにするから♪」  本来、絶対に引かれないくじは今回に限っては絶対に引かれるように細 工されていく。  そのくじ箱を持って家庭科室へ帰ってくる副委員長の麻央。自然を装い ながら女子たちに向ってこう話しかけた。 「それじゃ、これから一回きりのくじを引きたいと思います。さっき、橋 野さんが宣言した通り、引かれたものに対しては”絶対”だからね」  麻央は箱をガシャガシャと振って何を引くかを分からないように見せ付 ける。 「じゃあ引きますっ!今回の題材はこのくじで決まりましたぁ〜」  意気揚々とくじを高くあげた麻央は早速中身を確認し、わざと何かをし ぐしった表情を見せてきた。 「あああ〜。私としたことが何て失敗を〜!ああ、とんでもないことだわ」 「どうしたの?麻央」「麻央っ、何を引いたの?」  女子たちがざわつき始める。 「じ、実は..えっと..橋野さんのを..引いてしまいましたぁ〜」 「えっ?」いきなりの言葉に菜由子が驚きの声をあげた。 「あれれ?絶対に引かないようにしたはずなのに..箱を振りすぎたせい かしらん、おっかしいわねぇ〜」  麻央が腑に落ちないような演技を見せたが、引き直そうとは言う様子は 無かった。  麻央はしばらく黙った後で黒板に決まった題材を書いていく、「うん、 今回は不幸な事故ということで諦めましょう!」と話をどんどんと進めて いく。 「!ちょっと待ってくださいっ、こ、今回だけ..どうか引き直しを」  慌てた菜由子が麻央に嘆願したが、逆におかしな提案をしてきた。 「・・・う〜ん、そうね。私にも落ち度があったから、多数決で決めましょ う」「多数決?」 「つまり、くじの引きなおしを願う方は挙手願います。さあ、どうぞ!」  麻央の言葉で1人だけ挙手があがるが、それ以外は誰も手をあげなかっ た。 「・・・そ、そんな..」「えっと、結果として反対は橋野さんだけなので、 くじの引きなおしは無しとしますっ」 「あ、あの、、もう1度だけ..もう1度だけ」 「みんな教室に戻るから、そろそろ後片付け始めてね〜」この言葉を聞い た女子たちが菜由子を取り囲んできた。 「橋野さん、エプロン取ってあげるね」「えっ?」「みんなも手伝ってね」  菜由子のエプロンを数人ががりの女子でほどいていく。数分も掛からな い内に近くのテーブルに、ほどかれたエプロンが置かれており、その上に は菜由子の制服と下着も乗せられていた。  あっと言う間に素っ裸にされ、床にうずくまっている菜由子に麻央が追 い討ちをかけてきた。 「そうそう、橋野さんは当番なんだから、いつもの最後の宣言もちゃんと してちょうだい」「そ、そんな..」 「まさか断わるつもり?今まで守ってきた決まりを破るつもり?」 「そ、それはその..」  くじを書いたのも菜由子本人である為、麻央にここまで言われると何も 言い返せず、恥部を隠しながら立ち上がり、教壇にあがって最後の宣言を 始めた。 「きょ、今日のくじは..厳正なるくじの結果、橋野菜由子さんの”橋野 の裸婦画”に..き、決まりました..引かれたくじを書いた女子は.. す、速やかに..自分の書いた題材を..準備してください」  そう、このデッサン題材くじは無責任なことを書けないように、くじが 当たった本人が題材をすぐに用意する決まりであった。 「じゃあ、そういうことで!くじを書いた橋野さんは次の美術の授業まで に題材の準備を進めてちょうだいね。分かった?橋野さん」 「は、はい..準備します..」 「そうだ、勘違いがないように、もう1度題材を言ってちょうだい。出来 る限り詳しく言ってくれないかしら〜」 「詳しく?」 「そう、具体的にね。さあ、言ってちょーだい」 「・・・は、はい..私はこれから”橋野の裸婦画”の準備として..」 「準備として?」 「わ、私の..」 「私の?それって誰の?」 「・・・私、は、橋野菜由子の..ま、ま、丸裸を..用意しておきます」  必死に恥部を隠していた菜由子の両手がダランと落ちる。それは自分が 罠に嵌ったことを悟った瞬間でもあった。 「それじゃ準備の方はよろしくね〜。今、授業中だから教室までなら、皆 で囲んで歩けば大丈夫でしょう」「えっ?まさか..」  菜由子は周りの女子たちに助けを求めたが、ただクスクスと嘲笑が響く だけで誰も手を差し伸べようとする様子はなかった。 (わ、私..やっぱり..みんなに嵌められたのね..) 「くすくす、今日の料理、自信作だったのに残念ね〜」 「菜由子のだけは、いつも男子が取り合いしてたもんね〜」 「でも、今日は料理どころの騒ぎじゃなくなるかもぉ〜」  女子たちのひどい言葉に菜由子は「裸で校内歩いてるのを見つかったら、 みんなも大変な目にあうから..やめようよ」と説得するが、その言葉が より女子たちの被虐心を掻き立ててしまう。 「私たちが大変な目に?わあ〜、そこまで気を配ってくれるんだぁ〜」 「って言うか素直に裸で歩きたくないって言えば〜」 「そーゆーとこ、気に入らないのよね〜」 (・・・ダメだわ..何を言っても通じない..今なら服を取ってトイレに 駆け込めば..)菜由子は制服や下着が置いてあるテーブルの周りに誰も 居ないことを確かめた。こんな茶番につきあえない!と思った菜由子は全 速力でテーブルに向って走った。  まさか、こういう行動に出るとは思いもしなかった女子たちは、あっさ りとテーブルの上の制服と下着を菜由子に奪われてしまった。  急いで家庭科室を出てトイレに行こうとした菜由子に、麻央が何かを手 にぶら下げて、こう忠告してきた。 「これ、引っ張っちゃうけど..いいかしら?」それは防犯ブザーだった。 「・・・・・・」 「トイレまで結構走るわよ〜。トイレの近くに技術室があるって知ってる よね?」  麻央の方が1枚上手だった。ここで防犯ブザーを鳴らされれば誰かしら 外に飛び出してくるのが分かっていたからだ。  結局、ドアの近くで立ち止まるしかなく、女子たちに囲まれると、菜由 子は素直に奪った制服と下着を差し出した。 「ふふ、菜由子ったら、そんなに慌てて飛び出すなんて、よっぽど裸で出 たかったんだね」「あっ、そういうことなんだ〜。納得」「そうだよね?」 「・・・う、うん」  菜由子は状況を把握し、肯定するしかない。しかし、皆への裏切り行為 がこれで許されるはずはなかった。  淳子と京香が菜由子にお盆を手渡して、「菜由子ちゃん、大事なこと、 忘れちゃダメじゃないの」「そうそう、せっかく料理作ったんだし」と菜 由子が作った料理をお盆の上に乗せてきた。 「ど、どういうことですか..まさか」 「橋野さん、トイレまで走るつもりだったんでしょ?それなら技術室に寄 って料理を差し入れても構わないよね〜。ドアのとこに置くだけでいいわ」 「いや、そんなことしたら私の裸が..」 「って言うか、あんた次の美術ですっぽんぽんって分かってる?」 「!!!ぅぅ..」 「ばれたとしても問題ないでしょ!ほらっ、時間が無いから行くわよ」  女子たちに身体を押されて裸のままで廊下に出された菜由子。それも目 の前の窓ガラスは開いており、校庭から吹いてくる風を全身で受けると、 裸で廊下にいることを実感させられる。 「ぁぁ..」(私..裸で..廊下に..立っているんだわ..)  料理を乗せてるお盆を持ってる菜由子は恥部を隠すことが出来ず、女子 たちに囲まれながら男子が居る技術室へ向うしかなかった。 「さあ、菜由子。ここから先はあんた1人で行きなさいよ」「えっ?」 「みんなで行ったら足音でばれるでしょ?それとも自慢の裸を見せたくて たまらないの?」「見せたくありません!」 「じゃあ、早くお盆を置いてきなさい」「は、はい..」  菜由子は目の前に見える技術室へ足音を立てずにゆっくりと近づく。  その光景を女子たちは必死に手で口を抑えて笑いを堪えていた。    クラスの男子たちの人気を独り占めにしていた菜由子が、美味しい料理 も作れて、顔もスタイルもいい菜由子が素っ裸で男子たちがいる技術室へ 自分の作った料理を差し入れにいってるのだ。そんな菜由子の無様な姿を 見下ろせる女子たちはうっとりとし、すっかり勝ち誇っていた。  しかも追い討ちをかけるように、技術室の方からは何も知らない男子た ちが大声で菜由子の事を喋りはじめた。 「今日の家庭科って調理実習だろ?こりゃ、橋野さんの絶品差し入れがあ るってことだよな」「ああ、俺なんかわざと朝飯抜いて楽しみにしてるぜ」 「それにしても料理も上手くて、可愛くて、スタイルもいいなんて、やっ ぱ橋野さん最高だよな〜」「けど真面目すぎるのが欠点だな」「いやいや、 ちょっとスカート捲れただけで、思い切り恥らうのがいいんだよ」 「でも水泳のときは水着見ただけで睨んできたから、やらしいのが相当苦 手だよな」「そんな橋野さんを美術の題材で描いてみて〜」 (ああぁぁっ、そんなに私の話をしないでぇぇ〜。こんな恥ずかしいこと をしてるのにぃぃ〜)  ぼそぼそ「マジウケル〜。すぐ近くに丸出し橋野がいるのにね〜」  ぼそぼそ「男子のみなさーん。菜由子が裸で差し入れしてますよぉ〜」  ぼそぼそ「って言うか、菜由子ビビって動けないみたい。きゃはは」  ぼそぼそ「もう、そのまま置いていっちゃおうよ。裸の菜由子は私たち の差し入れってことで〜」 (ぁぁ..足が震えて動かない..このままじゃ見つかっちゃう!)  離れて見ている女子たちは菜由子を助ける気は全く無く、このままじゃ 確実に見つかってしまうだろう。そんな時にハプニングが起こった。  ガラッ!「!!!!!!」ドアが半分開く音に菜由子はもちろんのこと、 女子たちも心臓が飛び出るほどに驚いた。  ただ、誰も外に出てこないのを見ると、何かの拍子でドアが半分ほど開 いたのだろう。  そして、開いたドアの音を聞いた菜由子は見つかる恐怖の方が打ち勝ち、 走ることができた。  恥ずかしさでパニくっているせいか、バタバタと思い切り足音を立てて 女子たちの方へ走ってきた。 「ちっ、仕方ないわね。淳子お願い」「・・・わかった」  淳子が菜由子と入れ違いに技術室へ向い、開いていたドアを足で閉めた。  女子たちは菜由子を囲んで一目散にその場を逃げていく。その後で男子 たちが廊下に出てきたが、残っていた淳子が「差し入れ持ってきたけど、 ここに置いていい?」と上手く誤魔化してくれたらしい。 「はぁはぁはぁ..」(何とか..教室まで行けた..)  技術科室から教室に裸で戻ってきた菜由子は教壇の所でぺたんと尻餅を つく。 「橋野さん、おつかれ〜。疲れているとこ悪いけど準備をすすめてね」 (あらあら、ずい分と女子たちにイジワルされちゃったかしら?まあ、そ んなのまだまだ序の口なんですけどぉ〜) 「さて、橋野さん。美術の題材は”いつも通り”教卓の上に乗せてちょう だい。もう用意したんでしょ?」 「は、はい..用意しました」  あえて具体的なことを言わない麻央の怖さを菜由子は思い知らされてい た。  教卓を椅子の様にして、女子たちと向かい合うように座った菜由子は顔 を真っ赤にしながら、麻央たちが求めてる台詞を吐き出した。 「今日の美術の授業で使う題材の準備が..お、終わりました。題材であ る橋野菜由子の丸裸を置きましたので..問題が無いか..みんなで確認 してください..」  言い終えた菜由子は教卓の上で大股を開いた。これから、より恥ずかし い行為がされることは間違いないだろう。


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